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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■だからいつまで言葉狩りを続けるのか/『怪獣の家』1・2巻(星里もちる)
 帰宅して、散歩したらすっかり疲れ切ってしまったので、チラッとは見ようかと思っていた『トリビアの泉スペシャル』は諦める。
 ドラマ 『相棒』はこれもミステリーではお馴染み、「未必の故意」こと「プロパビリティーの犯罪」がモチーフ。ホントにこのシリーズは一話ごとにパターンを変えてて、バラエティに富んでるなあ。
 江戸川乱歩の研究によれば、このアイデアを創始したのはロバート・スティーブンソンだそうだが、乱歩自身にも『赤い部屋』という名作がある。松本清張にも同モチーフで短編を書いている。誰でも一回はこのネタで書いてみたくなるんだね。
 今回の犯罪は既成作品よりも更に「手間が掛かっている」分、未必の故意と言えるのかどうか、疑問に思う面もあるが、「ネギ」を使ったアイデアは秀逸。ラストのどんでん返しは要らなかったかなあという気はしないでもないけど。


 情報を知るのが遅かったのだが、五月発売予定の『ハリー・ポッター』シリーズの第六巻 『Harry Potter and the Half-Blood Prince』の邦題が、『ハリー・ポッターと謎のプリンス』に決定してたんだそうな。以前は原題通り、『混血のプリンス』と予告されていたものが、味も素っ気もない「謎の」なんてタイトルになっちゃった事情は定かではないが、またぞろ「賎称語(いわゆる差別用語)」の問題が背景にあるような気がする。
 敗戦後、進駐軍とパンパンやオンリーさん(こういう歴史用語も若い人は知らないんだろうなあ)との間に生まれた 「混血児」が差別されていた問題は、かなり長い間、日本の暗部として解決されないまま残されていた。と言うか、今でも完全に消えたわけではない。映画『キクとイサム』や『人間の証明』もこの問題を扱っている。彼ら混血児を差別する時に使われていた言葉が、本来は賎称語でも何でもない「あいのこ」という言葉である。マンガではご存知『サイボーグ009』の主人公・島村ジョーが「あいのこ」であるが、初版にあったその単語は、今は削除されているし、新作のテレビアニメではその設定も語られないままだった。原作にはちゃんと「あいのこであることを誇りに思っていいんだ」ってセリフだってあったというのに。
 要するに改題の理由は、この差別的に使われたことのある「あいのこ」という言葉を連想させるからってことなんじゃないかと思うのだが、多分これは憶測ではない。この手の下らない被害妄想による過剰反応は腐るほど起きてきたし、私と同様のことを考えた人も多いだろう。
 被害妄想なんてひどい言い方だと眉を顰める方もいらっしゃるだろうが、間違っても『ハリー・ポッター』に進駐軍やパンパンは登場しないと思う。別にそういう事情で生まれたわけではなくても混血児は差別されるのだ、と仰る方には、そりゃ差別する人間が悪いんであって、言葉が悪いわけじゃないと言いたい。なんだか日の丸が永遠に帝国主義の象徴としてしか受け取れないサヨクな連中の我田引水な言い分と変わらないのである。
 「混血」という言葉を素別的に捉えるのは、「純潔」の優越性をバックボーンとして意識しているからである。即ち、「混血」を差別と考える意識の方が差別なのだ。
 映画などではこういった事情で「訳しにくい」ものは「原タイトル通り」で紹介してしまうということをよくやる。『ノートルダムのせむし男』が『ノートルダム・ド・パリ』に、『気狂いピエロ』は『ピエロ・ル・フー』に一時期、ビデオタイトルが変更されてしまった。こういうタイトルは歴史としての資料なので、「変更不可」であることも知らない販売会社のポカである。
 今更決まっちゃったものはしょうがないし、映画のタイトルは『混血のプリンス』で行ってほしいものなのだが、十中八九『謎の』になっちゃうんだろう。出版社も映画会社も腰抜けばっかりだから。百歩譲ったとしても『ハーフブラッド・プリンス』になるんだろうね。全く馬鹿馬鹿しい話である。

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01月11日(水)
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