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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■2005年度キネマ旬報ベストテン/ドラマ『Ns’あおい』第一回/『アンフェア』第一回
 昨年度の「キネマ旬報ベストテン」が発表、洋画の一位は『ミリオンダラー・ベイビー』で、邦画は『パッチギ!』であった。『ミリオンダラー』はしげが興味を示さなかったので結局は見ずじまいである。例年思うことではあるが、しげの好き嫌いに振り回されていると、面白い映画をかなりの数、見逃してしまうので、映画も芝居ももうそろそろいちいちしげの意向を確認しないで、一人で見に行こうと決心しているのである。それでしげがヒステリーを起こすようなら、家を追い出せばいいだけのことだ。『パッチギ』も確か私一人で見に行ったものな。
 実際、去年は芝居をたくさん見に行ったこともあるが、封切り映画は70本しか見に行けていない。一昨年は100本くらいだったから、30本も見に行き損なっているのである。あとでWOWOWやCSで流れているのを毎日のように見ていたから、映画を見た総本数自体は300本を下らないとは思うが、あくまでベストテンはその年封切られた映画が対象になるから、読者投票にはとても参加できる本数ではないと思って、去年はハガキを送らなかった。実際、ベストテンに選ばれている作品で私が見に行ったものは六本しかなかった。
 映画人口が三億人を切っており、年平均1、2回しか行かない現況で、70本も見ているのならスゴイとはよく言われるのだが、映画人口が最盛期だった昭和30年代には、年平均10回以上、日本人は映画を見ていたのである。これは映画を見られるはずもない子供や老人も含んでの「平均」であるから、「週末に毎回映画を見に行く」のが習慣になっている人も多く、実のところ年間50本、60本、映画を見ている人などは珍しくもなかったのだ。私の母などは子供のころからツテがあって、「毎日映画館でタダで映画を見ていた」というから、その数はどれだけになるか分からない。
 映画が娯楽の王座を追われたのはテレビの普及のせいだとは常識のようになってはいるが、では現代人がそんなにテレビに噛り付いてドラマを見ているかというと、それも疑わしいところである。若い人と話していると、驚くほどに話題が狭いことに何度も驚かされる。映画に興味はないが音楽になら、とか言うのなら話は分かるのだが、音楽だってロクに知らなくてJ−POPをちょこちょこと聞く程度(彼らは「J−POP」という単語がかなり胡散臭い過程を経て造語されたことも知らないのである)、もちろんマンガも読まなければ(読めるほどの学力がない)、野球もサッカーもしない、アウトドアな趣味があるわけでもない(基本的に動き回ることが面倒くさいのである)、せいぜいゲーセンでゲームをちょこっとする程度、結局、興味の大半はナニとナニすることだけ、親からカネをせびり取ることだけはうまくて、だからナンパにだけはカネを使って、結構うまいことやっている、なんて、糞みたいなやつがゴマンといるのである。『だめんずうぉ〜か〜』に出てくる男どもはみんなそんなロクデナシばっかりだが、若い男の大半はそんな「だめんず」なんである。
 そういうレベルのヤツらと比較されて「スゴイ」と言われても、嬉しくも何ともないということがお分かりいただけようか。今だって、別に映画評論家でなくても、映友会などに入っていて、年間200本とか300本とか映画を見ている人はいくらでもいるのだ。とても「私は映画をたくさん見ています」なんて威張れるレベルではない。せいぜい「普通」だ。だから逆に、「年に一本くらいしか映画を見ないなあ」と平然と口にできる連中はみんな十把一絡げでロクデナシどもと同レベルなのである。たまに一本映画を見たくらいで偉そうな顔をして映画がどうのなんて口にしないでもらいたい。
 私ゃ、ホントに地元のサークルに入って、もちっと安く映画を見て本数を稼ごうかと本気で思うよ。


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01月10日(火)
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