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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■さよなら本田美奈子.さん/『あたしンち』11巻(けらえいこ)
歌手で女優の本田美奈子.さんが、急性骨髄性白血病で死去。享年38。
「はてな」日記にも追悼の言葉は書いたが、読み返してみるとかなり感情に流されている。実際、きっと病気を克服して復帰すると信じていただけに、ネットで記事の見出しを見た時には、本気で取り乱してしまったのだ。
感情が先走ると、細かい誤謬にまで目くじらを立てるようになる。たいていのニュースが、本田さんの名前の最後に「.(ドット)」を付けることを忘れている。「ドットを付けると画数が31画になり、開運のために変えました。いつでも歌手として人として女性として輝いていたいのでドットを付けました」という趣旨で、昨年11月に改名しているのだが、個人のプログなどではそのことに気付かずにドット無しで記事を引用している人も多い。それでもファンかよと腹を立てたり、逆に全然開運になってないじゃないか、占いなんて何の役に立つかと恨めしく思ったり、ともかく常軌を逸してしまっていた。
本田さんがこの世にもういないのだ、もうあの歌声を聞くことはできないのだ、いつかは生の舞台を見に行きたいと思っていたのにと思うと、胸が塞がれ、同じ病気になっても渡辺謙のように見事復活を遂げた人もいるというのに、どうして本田さんがこんな悲しい目に合わなければならないのか、医者はいったい何をやっていたのだ、怒りのぶつけどころがなくやりきれなく、思考はどんどん後ろ向きになっていく。
そうして少しだけ落ち着いてくると、ああ、私は本当に本田さんの歌声が好きだったのだと、そのことだけが意識されるようになる。
多分、あれは『ザ・ベストテン』に本田美奈子.が初めて出演した時のことだから、20年も前のことになる。嬉しさもあったのだろうが、ともかくハイテンションで、司会の久米弘が声をかけてもまるで無視をして、テレビカメラの恐らくはファンに対してのつもりではあろうが、「ヤッホー」と手を振り、勝手に喋って、久米弘も黒柳徹子もいささか当惑していた。他のテレビに出演した時にも概ねそんな調子だったから、一般的な印象は決してよかったとは言えない。デビュー直後であるにもかかわらず、当時のアイドルにありがちな「ぶりっ子」なところがなく、よく言えば個性的だが、しかしそれを快く思わない人たちには「生意気で傍若無人」と捉えられていたのだ。それが「本田美奈子」という「現象」だったのである。
松田聖子などもファンの好き嫌いが極端に分かれるアイドルであったが、「天下を取った」アイドルにはそういう毀誉褒貶がつきまとう。そろそろ一般化してきた「ヤンキー」が本田美奈子の主要なファン層であったこともあって、その若さに似合わぬ歌唱力に惹かれてはいても、一般の音楽ファンが「本田美奈子が好き」とは言いにくい雰囲気も当時はあった。『1986年のマリリン』にしろ、『Oneway Generation』にしろ、ちょっと突っ張った、若さが先走りしている印象があって、こういう闇雲さは一時的に若い層の共感は得るけれども、「ホンモノ」ではないのでじきに飽きられる、今付いているファン層はアテにはならないのだが、と危惧をしていた。その予測は悲しいことに当たってしまうことになる。
あとになってこんなことを言うと、ウソだろうと疑われてしまうのだが、私は本田美奈子.はロックなどに拘らず、いずれミュージカル俳優か何か、ともかく舞台や演技の方にシフトしていけば成功するのではないかと踏んでいた。と言ってもたいした根拠があったわけではなくて、「この人は歌は実際にうまいんだし、この人の見た目のビジュアルだけに惹かれてるような今のファン層はいずれ離れていくだろう、このままただのアイドルで終わるにはもったいない」と思っていただけのことである。
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11月06日(日)
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