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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■古畑VSイチロー/ドラマ『1リットルの涙』第2回
来年正月に、3夜連続のスペシャルでシリーズが完結予定の田村正和主演のドラマ『古畑任三郎』。犯人役に第1夜・石坂浩二&藤原竜也、第3夜に松嶋菜々子の出演が決定していたが、残り第2夜の犯人になんとマリナーズのイチロー選手が本人役で出演することが決定したとか。
聞けば、イチローは『古畑』の熱狂的なファンで、シリーズも全て見ており、そのことを知ったプロデューサーが出演をダメモトでオファーしたところ、二つ返事で快諾したのだそうな。
演技経験の全くないシロウトを主役級の役どころに抜擢するというのは、日頃研鑽を積んでいるプロの役者に対する冒涜ではないかとか、所詮は人気取りが目的ではないかとか、揶揄する声は多いと思う。下手をするとプロの役者や評論家がそんなことを言うことがあるのだが、残念ながら、演技とかドラマというものは実はそういう一見理が通っているように見えるインテリぶった批評モドキを越えたところに存している。
つまり、「シロウトの演技がプロの役者の演技を越える」ことがこの世界には往々にしてあるのだ。例えば「子供と動物にはかなわない」なんてのもそうだろう。「巨匠」と呼ばれる監督がある時期から全くのシロウトや新人を使いたがるようになるのも、「プロを越えた演技」を期待しているからだ。正直、「プロの演技」を標榜する人間ほど「先の読める定番な」演技しか披露できない。心を打つ演技というものはどこかに予測不可能な「シロウト」の要素を含んでいるものである。
もちろん、イチローに演技ができるのかどうか、というのは全くの未知数である。しかし未知数というのは「どう転ぶか分からない」ということであり、ともかく「結果を見てみなきゃ分からない」ということであるのだ。
いやね、もうネット始めて仕入れる情報量が格段に増えてからはね、世の中、ここまで余談と偏見に満ち満ちてるもんなんだと驚いたし、それが「見識」なのだと勘違いしてる馬鹿だらけなのだということに暗澹たる気持ちにもなったのである。「シロウトに演技ができるのかね」程度ならばともかく「シロウトに演技させるんじゃねえ」と、「見る前から」文句を付けるのは、いったいどういう神経をしているのか。全く、「カミサマ」だらけの世の中である。
ま、見た後で「シロウト使うな!」と怒るんだったらそれは問題ない(笑)。
仕事が終わりかけてた午後5時。
ふと気が着くとしげからメールが入っている。いつもの「何時に帰れる?」コールかと思って開いてみると、たった一言書いてあったのが「父ちゃん入院」。
いつものことだが、しげのメールは電報より短いのでいったい何が起こったのか全く分からない。夕べ一緒にスシを繰ったばかりだと言うのに「入院」?
折り返ししげに電話をかけてみたら、「父ちゃん、脳梗塞だって」。
「脳梗塞? 倒れたんか?」
「いいや、病院には自分で行ったって。朝から父ちゃんが『手が痺れる』って言うから、お姉さんが無理やり病院に行かしたら、CTスキャンで脳梗塞だってことが分かったって。今、○○病院にいるよ。『倒れたわけじゃない』って伝えといてって。今から病院に行く?」
「そうだな。博多駅まで出て来てくれん?」
そのあと姉にも電話をかけてみたが、概ねしげの話の通りだった。何度か手に持っていたハサミを取り落としていたので、これは様子が変だ、と病院を勧めたそうである。
脳梗塞かあ、昨日、寿司を食い過ぎたのがよくなかったんだろうか。あるいはホークスの敗退がショックで頭に血が上ったか。いろいろ考えていても仕方がないので、ともかく病院に向かうことにする。
病院に着いたのは六時少し前。
病室を訪ねると、そこは重いドアで仕切られていて、救急医療センター「HCU(high care unit)」という物々しい文字がガラスに躍っている。何となく不安な気分で、中に入ってみるが、受付で教えられた病室にはまだ父の名札がない。しげが 「部屋が違うんじゃないと?」と言うが、「まだ名札が間に合ってないだけだろろ」と中に入ってみると、案の定、父が別途に寝ていた。
「おう、来たとや。てっきり来んやろうと思って、お医者さんには『息子は来ましぇん』て言うてしもうたとこやったが」
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10月18日(火)
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