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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■「子供のために」と言ってる大人にろくなやつはいない/映画『ハービー 機械じかけのキューピッド』
 「政治とスポーツの話題にはあまり触れない」ようにしてるんだが、まあ、これは「スポーツ外」の事件とも言えるんで、あえて扱う。
 何のことかって言うと、あの明徳義塾高校の甲子園辞退事件のことだ。喫煙と暴行の事実が高野連にチクられたという。
 具体的な経緯は以下の通り。
 今年4月から7月にかけて、二年生・一年生部員11人が、野球部の寮内で喫煙。これは、野球部主将らが寮内で煙草の吸い殻を発見してその事実が判明した。主将がすぐに野球部部長・宮岡清治と監督・馬淵史郎両氏に報告したところ、当該生徒を特定できたので、厳重注意を行った。
また、5月から7月初めにかけて、三年生・二年生部員6人が、一年生部員を正座させた上、腕や胸をたたくなどの暴力をふるったという。
 これは7月中旬になって、被害にあった一年生部員の保護者からの連絡で判明、やはり部長と監督が被害者宅に家庭訪問して謝罪、「何とか穏便に」と頼み込んでコトを収めたつもりになっていた。
 どちらの件も部内で処理し、吉田圭一校長には全く報告されていなかった。校長が事実を知ったのは、昨三日に高野連に送られてきた投書により、高知県高野連が調査を開始したためである。辞退の決定はわずか一日で行われたわけで、異例のスピードだと言える。
 記者会見で馬淵監督は「全て自分の責任」と述べていたが、そりゃ確かにそうなんだけれども、こういう不祥事は決して初めてではないという事実を考えると、その一言で片付けちゃっていいの? って疑問を感じてしまうのだ。
 テレビのコメンテーターとかは「早い段階できちんと学校や高野連に報告しておけば、直前に出場辞退なんてことにはならなかった」と言っている。それは多分その通りで、「当該生徒をこれこれこういう形で処分しました」という形を取っていれば、まあ「禊」はすんだ、ということで、事件に関わらなかった選手の出場は可能になったのだろうと思う。
 でも、ということは「煙草吸おうが暴力振るおうが、形だけ謝罪しておけば、甲子園に行ってもいい」ってことになるんで、その罪の重さとか被害者の気持ちとか高校生としての規律の遵守とかってのは全然ないがしろにされてるってことなんだよね。「タバコとかイジメとかどこの学校でもあるじゃん。それくらいで出場辞退なんて厳しすぎる」って、事件自体を「軽く」考えてるって訳だ。
 そりゃそうだろう。今現在、出場が決定してる全国の野球部員で、喫煙経験がないやつがどれだけいるか。上級生が下級生をしごいてない学校がどれだけあるか。明徳義塾が出場辞退なら、全国で甲子園に行ける資格のある高校なんて、ごくわずかになるんじゃないか。ほかの学校が出場できているのは、単に不祥事が「バレていない」だけである、明徳は運が悪かっただけだと、そう感じてる高校野球ファンは、相当数、いると思うのである。
 でも実態はどうあれ、「高校野球」はあくまで「教育の一環」であるわけよ。たとえタテマエであろうがキレイゴトであろうが、「高校球児」には「清廉潔白」「質実剛健」を求めるしかないのね。決して「いいよいいよ、その程度のワルいことならどこでもやってることだから気にせずに出場しなよ」なんて言えるわけがない。喫煙や暴力を許すような対応は学校だって高野連だって、絶対に取れるわけがないし、そんな学校があっちゃ困るということは明徳に同情している世間の人にだって分かるリクツだと思うんだがどうかね。
も ちろん、「マジメな部員が巻き添えを食らって出場停止というのはひどすぎるのではないか」という主張は充分に根拠があることだと思う。けれど、こういう不祥事がいつまで経っても後を絶たないのはなぜかってことを少しは考えてほしいのだね。一連の不祥事を単に当該生徒の「個人の身勝手」だけで済ませられることなのかどうか。「未成年だからって、タバコくらいいいじゃん」「シゴキくらい運動部なら当然」って感覚は本当に一部の個人だけのものかどうか。実のところ、「多少の悪行は許容の範囲」という感覚が社会的に蔓延“しすぎている”せいじゃないのか。

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08月04日(木)
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