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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■無意識の戦争/舞台DVD『仮装敵国 〜Seven 15minutes Stories〜』
 これも先に但し書きしておかないとまた誤解を招きそうなんで一応断っておく。
 私はもともと、スポーツは決して嫌いじゃない。生まれつき体が弱いから苦手ではあったが、小学校時代、マラソン大会はいつもビリだったがリタイアしたことは一度もないし、地域の子供相撲大会とかに参加した思い出はあるし、平和台球場に野球観戦に連れてってもらったことだって何度もある。
 じゃあ、大人になってスポーツに全く興味を示さなくなったのはなぜかと言うと、ひとえに世間のファンの熱狂ぶりが鬱陶しくてたまらないからだ。
 特に世界大会の類になると、どうしたって政治や国際情勢と無縁ではいられなくなるから、純粋にスポーツを楽しむことはほぼ不可能になる。
 何度もこの日記でも書いてきたことだが、国家間のスポーツ試合が「代理戦争」になっていることを憂える人間があまりに少ないことは極めて危険な状態なのだ。だって、「負けた悔しさ」は絶対「雪辱」とか「復讐」という次なる「より過激な」戦いを誘発する要素にしかならないから。
 つか、実際にそうなった例はいくらでもあるというのに、相変わらず「○○○国倒せ」とか平然と言ってられるってのは、心の底ではみんな戦争がしたくって仕方がないのだとしか思えず、暗澹たる気分になる。クーベルタンの「オリンピックは参加することに意義がある」ってのは、スポーツが政治に利用されることを戒めることが目的であったのだが、真剣にこの言葉の意味を噛み締めてる人間がどれだけいるのだろう。
 「自分は純粋に試合を楽しんでるだけだ」と思ってらっしゃる方、でも周囲の人々、あるいはネットの匿名掲示板に群れ集ってる連中を見て御覧なさい。あなた以外のファンが本当に「スポーツだけを楽しんでる」と断言できるかどうか。
 ここしばらくの世間のサッカー熱もいい加減でどうにかしてほしいと思ってたのだが、何が一番いやな気分になるって、「絶対に負けられない戦いがある」ってあのキャッチフレーズだ。
 選手がそういう気分で戦うのは別に構わないけど、マスコミが煽るこっちゃねー(怒)。なんであんな選手無視の言葉が堂々とまかり通るってんだ? これまでのスポーツの歴史の中で、こういうマスコミや世間の過激な煽りのせいでダメになっちゃった選手の例、いくらでも挙げられるだろうが。そういう批判を避けるつもりかどうか知らんが、「誰のために」「何のために」負けられないのか、曖昧にしているところがこのフレーズの特にいやらしいところだが、またそれに簡単に乗っかっちゃうアタマ軽いファンがゴマンといるってことも情けなくてね。
 で、東アジア選手権で、日本は北朝鮮に1−0で敗退しちゃったわけだけど、ネットをあちこち覗いてみると、予想通り、日本チームをもう小汚く罵倒する連中の多いこと多いこと。
 こないだ勝ったとき北朝鮮をからかってたやつらと同じ連中かもしれないが、勝ったときに有頂天になりすぎてた感じだったから、負けたらいったいどんな反応するだろうと思ってたんだけど、日本チームへの慰めとかねぎらいの言葉がホント少ないのね。どうしてまあ、あれやこれやと欠点をあげつらうことばかりに血の道あげられるのか、神経を疑うよ。
 そりゃ、北朝鮮のファンの方がアタマはとことんイカレちゃいるんだが、ありゃ国家戦略で洗脳されてるんだから狂ってるのは当たり前だ。でも、日本人の場合、マスコミの影響だけでなくって自ら狂おうとしてるやつの方が多くはないか? 何も北朝鮮に対抗して、自分たちまでアチラのレベルにまで下がってやる必要はないんじゃないか? 負けたら負けたでいいじゃん。ドイツに行けることは決まってるんだしさ。照る日もあれば曇る日もあるって、どうして鷹揚に構えられないかね? 中国も北朝鮮も韓国も民度は低いが、日本だってあまり熱狂が過ぎると威張れたものではなくなるのである。今は本当に北朝鮮憎しとか韓国憎しとか中国憎しとか、敵愾心をあらわにしたにわかファンが増えてるから、「自分はそうではない」と冷静に自己認識ができるのなら、そいつらに同調するような応援の仕方にならないように自重したほうがいいと思うのである。

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08月01日(月)
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