ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491659hit]
■映画とマンガの感想だけで手一杯/映画『50回目のファースト・キス』
早起きできずに、『ウルトラマンマックス』を見逃す。
もっとも何話か見てそんなに入れ込むほどじゃないなあと思っちゃったんで、特に惜しいとは思わないが。
九時にはしげを叩き起こして、天神、ソラリア・プラザへ。目的は映画『50回目のファースト・キス』。
なんたって、久方ぶりのダン・エイクロイド出演作である。熱烈なファンのしげが初日の一番に来ようと、絶対に寝過ごすまいぞと、いつもなら金曜の夜は映画を見に行く習慣になっているのに、夕べばかりは誘いを断って帰宅、10時には寝床に入っていた。けれど早寝したらしたで10時間は寝こくのがしげというやつである。結局は私に起こされることになるのだから、全く当てにならない。
ソラリアプラザは、デカいビルの中にあるわりには三館共通のロビーは狭く、スクリーンはどの館も小ぶり、以前、何度か来たときには上映事故がやたら起きて、私とは相性が悪い映画館である(『美女と野獣』を見に来たときと、『押絵と旅する男』を見に来たとき。後者のときは仕事があったので途中で退席しなけりゃならなくなった。故・浜村純さんも来られていたのだが、この事故のおかげでサインを貰い損ねたのが痛恨である)。
けれど福岡でこの映画を上映するのはここだけだから、選択の余地はない。しげが「先頭で見る!」と言い張るので、アゴをしゃくって見上げながら一時間半の映画に見入る。
ストーリーはもう最近は「流行」としか言いようのない「短期記憶喪失障碍」がモチーフ。舞台はハワイ・オアフ島。交通事故で一日だけの記憶しか保てなくなったルーシー・ホイットモア(ドリュー・バリモア)。彼女に恋をしたのは水族館で働くナンパ男のヘンリー・ロス(アダム・サンドラー)。手練手管で女たちをコロリと騙し、次から次へ女から女へと渡り歩くのは、ヘンリーが基本的に女性不信だから。しかし、ルーシーに出会って、恋をして、けれど次の日には自分が忘れられてしまうことを知って、何とかして自分のことを覚えていてもらいたいとあの手この手を使って、彼女の記憶を蘇らせようと試みる。その結末は……。
ヘンリーの紹介をする冒頭シーンの演出がまずは実に上手い。オアフ島でバカンスを過ごしてきた女たちが、それぞれ帰国して友人たちに旅で出会った彼がいかに素敵だったかを口々に語る。でも、それは全てひと夏だけの恋。彼とは旅の終わりと同時に別れた。彼の名前は「ヘンリー・ロス」。女たちがその名前を次々に口にして、そしてアダム・サンドラーのアップにつなぐのだ。観客のアダムファンの女たちはきゃーと嬌声を挙げ、フェミニストの男たちは女の敵めと憎しみの目を向けるところだろう。
けれど、演出自体はうまいけれど、どうもサンドラーがこういう心に傷を持っているナンパ男のイメージを体現しきれていない。これがもう少し若いころのジム・キャリーか、ブレンダン・フレイザーとかユアン・マクレガーだったらもっと飄々と、けれどちょっとアクな魅力も漂わせて、「らしく」見せてくれそうだって気がするのに、サンドラーはどうにもヌーボーとしているのである。
サンドラーが毎日のナンパに成功したり失敗したり、その過程も面白くないわけではない。一度成功したナンパ法も、タイミングを間違えると次の日にはもう成功しないのである。けれど、サンドラーが中心となるシーンよりも、脇のキャラクターたちが活躍しているシーンの方がずっと面白いのが問題なのである。
ルーシーの父親・マーリン(ブレイク・クラーク)と弟・ダグ(『ロード・オブ・ザ・リング』のショーン・アスティン!)は、ルーシーに記憶障碍であることを気づかせないために、同じ日を毎日繰り返して演じているのだが、おかげで彼らは毎日同じ会話をし、毎日父親の誕生日を祝い、毎晩『シックス・センス』のDVDを見る生活を一年も続けているのである。ああ、何という家族愛。
ヘンリーは友人のウーラ(ロブ・シュナイダー)に暴漢の役を演じさせて、ルーシーの気を引こうとするのだが、意外にも「強かった」ルーシーにウーラがコテンパンにされてしまう展開は、ベタではあるけれども充分おかしい。
[5]続きを読む
07月23日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る