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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■「演出家 鐘下辰男氏を囲んでの夕べ」/『クロザクロ』4巻(夏目義徳)
仕事が終わって、しげと細川嬢とアクロス福岡で待ち合わせ。
円形ホールで「NPOこども文化コミュニティ」の主催になる「演出家 鐘下辰男氏を囲んでの夕べ」に参加するためである。
開始時刻は7時からだが、1時間ほど早く着く。けれどせっかちなしげは、更にその30分前に来ていて、私はまだ博多駅にも着いていないというのに「地下のロッテリアで待ってるよ」というメールが届いた。こちらも遅れたわけでもないのにあわてて現地に向かうのも癪だったので、「福家書店」に回って新刊マンガをいくつか買っていく。
6時10分にロッテリアに着くと、細川嬢も来ていた。ようやく書き始めた次の芝居の脚本の冒頭を「読みたい」と仰るので、数ページを見せたが、私の字を見て、いかにも困惑されたような顔で「読めない」と言われてしまう。つっても、私ゃもう字を書こうとすると指先が震えるようになっているので、キレイな字はかなりゆっくりと丁寧にしないと書けないのである。まあ、どうせパソコンで清書しますんで、そのときまでお待ちください。
30分前に会場の円形ホールに上がって、ざっと見渡して見るとお客さんは六、七十人と言ったところ。あまり多くはない、というよりは「どうしてこんなに少ないんだ!?」という憤慨が沸々と涌いてくる。
最近は地元劇団の人たちの顔も少しずつ覚えてきているので、見知った顔がいるかどうか探してみたのだが、意外なくらいに少ない。あの「鐘下さん」が来てるのに? 地方劇団というものは往々にして自己充足してしまって、中央の芝居を見ようとしない、海外演劇事情も全然知らない、演劇の歴史も現状も何も知らない、ともかく勉強を怠りがちなものであるが、福岡の演劇人もそういう連中が多いのだろうか。
ふと客席で目が合った方が、なんと本職の方での知り合い。この方も演劇に関わりのある方で見識も深く(あまり詳しく書くと本職がバレるので省くが)、さすがこういうイベントはちゃんとチェックしているのだなあと心の中でウンウンと頷く。実はこの方、例のホモオタさんの大学の先輩で、さらにトンガリさんとも関係の深い方である。あんなイカレた連中と付き合っていれば、ゴタゴタにいろいろ巻き込まれるのも自然の流れなのだが、それでも全く意に介した風もなく、いつも泰然自若としていらっしゃるのだからものすごい。私んとこの業界、人間がウンカのようにいるってのにやたら横の繋がりはあって、狭いのである。
第1部は「演劇を語る」。
FPAP(NPO法人福岡パフォーミングアーツプロジェクト)の高崎大志さんを聞き手に、かなりの本音トーク。固有名詞がかなり出てくるので、そのあたりは「ネットに書かないで下さいね」とクギを刺されているので省こう(笑)。それ以外でも、印象に残るお話はたくさんあったのだ。
「100人演出家がいれば100通りの演出がある」と前置きをして、「自分はうまい役者が見たいわけではない。すごい役者が見たいんだ」と仰る。昔、ワークショップでも言われていたことであるが、鐘下さんは役者にあまり細かい「演技指導」はしない。それがすなわち役者の「上手さ」よりも「すごさ」を喜ぶということに繋がるのだろうが、「すごさ」を役者の「持ち味」とか「個性」と言い換えれば、そういうものは演技指導などから生まれるものではなく、役者を自由に開放することから生まれるのだと言えるだろう。「俳優は、公演中は演出家と飲むな。俳優同士で飲め」とユーモラスに仰るのも、演技プランを演出家に求めるな、自分で考えろ」ということなのだろう。
昔、溝口健二が田中絹代から演技について問われたときに、「演技について考えるのが役者の仕事でしょう?」と言って突っぱねた、というエピソードを思い出す。もっとも鐘下さんは、溝口健二が田中絹代に参考資料を何十冊も与えたようなやり方はあまり好みではないらしい。「役の履歴書を作ると、それで終わりになっちゃうことが多いからね。そこから考えるための履歴書じゃないと」いう意見には全く同感である。
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07月21日(木)
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