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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■井筒監督は「拉致はなかった」なんて言っちゃいないよって話/映画『真夜中の弥次さん喜多さん』
 「朝鮮新報」の取材に応じて、映画監督の井筒和幸氏がした発言が、ネット上で波紋を呼んでいるようである(「ようである」と柔らかな表現にしているのは当然「2ちゃんねる」あたりでの論議がかまびすしいらしいのだが、ウィルスが怖いんで覗きに行ってないためである。キーワード検索するといろいろ引っかかりはするので、「いろいろ言い合ってんだろうな」とだいたいの想像はできるのだ)。『パッチギ!』で日本人高校生と在日朝鮮人の少女の恋愛を描いたことが取材のきっかけになったのだろうが、確かにその発言を取り上げてみると、一瞬、「何だこれは?」と目を丸くする人もいるだろうことは分かる。
 曰く、「(日本人は)拉致問題をきっかけに『ある日、平和な日本から人が北に連れ去られた』という物語を作り上げた」。
 これに激怒した人たちは、当然、「拉致問題は『物語』じゃない、『事実』だ!」と文句をつけているようである。実際、私が巡回している日記でも同様のことが書かれてあって、「蓮池さん夫婦や地村さん夫婦や曽我さんは幻想なのか?」とか「まだ拉致問題は解決していないのに、この発言は人間としてどうだろうか」「拉致被害者の家族は井筒監督に直接抗議せよ!」と、かなりの激昂ぶりである。
 もちろん、井筒監督が本当に「北朝鮮は拉致などはしていない。全ては日本の捏造だ」と言ってるのであれば、その怒りは当然のことであると言える。しかし、当該の記事を実際に読んでみると、ちょっとその解釈はおかしい、ということに気がつくのだ。

 念のために「朝鮮日報」から直接引用してみる。

> 「英国人はアイルランド問題について関心が高く、いつも熱く語り合っている。ところが、日本人は政府も含めて、朝鮮問題について長い間全然意識もせずにいた。当然、朝鮮を植民地にして、分断の根本原因を作ったことにも目を背けてきた。なのに拉致問題をきっかけに『ある日、平和な日本から人が北に連れ去られた』という物語を作り上げ、日々それを塗り替え、あげくに国交交渉どころか、経済制裁論にまでエスカレートさせてしまった」

 まず注意しなければならないのは、これが北朝鮮の記者によるインタビューの要約で、恐らくはかなり「自分たち寄りのニュアンスで」まとめられた言葉だろう、ということだ。だから、さらりと流して読んでしまったのでは、井筒監督の意図がどこにあったのかに気づかないまま、「朝鮮日報」に簡単に「誘導」されてしまうことになる。それを回避するためには、要約・省略はされていても、微妙な部分に「削りそこなった」部分があるものなので、それを丹念に見ていく必要があるのだ。

 「日本人は政府も含めて、朝鮮問題について長い間全然意識もせずにいた」という言葉一つにしてみても、かなり政治的に我田引水的な意味合いが込められていることはアノ国のあり方を見れば見当はつく。朝鮮問題についてウカツなことが言えないのはこういうところで、そりゃあ、私だって年がら年中朝鮮問題を考えているわけではないが、つい「そっち方面には無関心でねえ」などと言おうものなら、「朝鮮問題にカブレている」人(必ずしも在日朝鮮人ではない)からは、「だからアンタはダメなんだ! 歴史を何も知らないし、加害者意識に欠けている!」なんて罵倒されてしまうことになる。「関心はない」とは言ったが、「知識がない」とは私ゃ言ってないんだが、もう「過去の歴史に学ばない日本人」のレッテルを張られてしまうのである。馬鹿馬鹿しい話だが、イデオロギーに凝り固まった手合いはやたらいるのだ。「無関心」を責められたら、「お前、メシ食ってるときやクソしてるときも朝鮮問題について考えてるのか」とか「今の私にはオゾンホールによる環境破壊のほうが切実な問題です」と言って煙に巻いてあげよう。

 それはさておき、井筒監督は果たして本当に「拉致なんてしてない」と思っているのだろうか。そこまで言いきれるだけの何か確かな根拠があって主張しているのだろうか。金正日自身すら認めている事実なのに、それを覆す根拠などそうあるとは思えない。井筒監督の発言、額面通りに受け取るにはどうにも疑問がある。

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05月20日(金)
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