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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■今度はいつまで/映画『交渉人 真下正義』
 またちょっと疲れ気味なので、短く書く。

しげのアルバイトが決まる。
 「家事をちゃんとするから」と言いつつ、またやっぱりちゃんとしなかったので、「芝居したいならその分くらい働け」と言ったら、なんか急に思い立ったらしくて、面接に言っちゃったようである。「返事が来ないなあ、きっと落ちてる」とか愚図愚図とうるさかったので、「連絡取れよ」と言って電話をかけさせたら受かっていたのである。今度も接客業だけど、食料関係ではありません。
 心配なのは今度はどれくらい長く勤められるかどうかなのだが、職種よりも人間関係によるので、数週間とも数年とも言いがたいのである。

 昼まではのんべんだらりとテレビを見る。
 CSキッズステーションで劇場版『MARCO 母をたずねて三千里』など。日本アニメーションの劇場版シリーズが『フランダースの犬』とこれの2本だけで終わってしまったのは未だに残念に思う。テレビシリーズ至上主義の方にはいまいち受けが悪かったようだが、一年間のシリーズにし立てるために不要な「引き伸ばし」も多かったテレビ版に比べ、原作に近い形で凝縮された作品に両作とも仕上がっていたのに。次は絶対『赤毛のアン』だろうと期待していたのである。


 夕方から、キャナルシティのぽんプラザホールで、劇団ぎゃ。第8回公演『裏庭(野田和佳菜「ガーデン」より)』。
 ストーリーの紹介は自分でまとめるのがつらいのでまんま引用。

> レアモノと呼ばれる奇形の女たちが働く女郎屋、ガーデンに幽閉されている美しい遊廓、胡蝶は、大好きな人形遊びに没頭するあまり、すっかり人形に乗り移ることが出来るようになっていた。
> 人形になって初めて部屋から脱出した胡蝶の不思議な物語。

 「美しい遊郭」って、「美しい遊女」の誤植じゃないかな(笑)。
 役者さんたち、一応熱演はしてるんだけれど、フリークスの悲しみみたいなものがもちっと出せたら面白くなったと思う。
 こういう「演劇をミセモノとしてとらえる」劇作家は、寺山修司という偉大過ぎる先人がいるので(海外だとフェデリコ・フェリーニかな)、どうしても比較して見てしまう。脚本家さんは寺山さんやトッド・ブラウニングの『フリークス』やフランケンシュタインとかにも影響を受けているように見えるが、どうしても「若書き」で深みのなさが目立つ。若くしてドロッとした情念をピュアに演じられる人たちでないと面白くなんないのよ、こういうのは。


 続けてAMCで映画『交渉人 真下正義』。
 公開2週を経て、興行収入一位を爆走中だが、ヒットしてるからと言って面白いとは限らない。実のところそんなに期待してたわけじゃないんだが、青島が出ないだけで、『踊る大捜査線』シリーズがこんなに面白くなるとは思わなかった(笑)。こういうのも「嬉しい誤算」と言っていいものかどうか。
 映画第1作も第2作も、青島が叫ぶたびにドラマが停滞していた。主役も馬鹿、敵対する犯人も馬鹿では、知的エンタテインメントとしてのミステリーなんぞ成立するわきゃない。ミステリーはやっぱり知性と知性のぶつかりあい、騙すか騙されるか、裏をかけるかかけないかの権謀術数がなきゃ面白くはなんない。ユースケ・サンタマリア演ずる真下正義を「知性派」と呼べるのかっていうと、ちょっとどころかかなり厳しいのだが、あまり知性派過ぎても観客はついて来れないから、恋人の尻に敷かれてる程度でちょうどよいのだろう。
 脚本家が君塚良一から十川誠志に変わったのも今回の成功に繋がっている。横枝が多くて幹がシャンとしてなかった前作までと違って、交渉人の真下と、地下鉄を暴走させている犯人との対決だけにストーリーが絞られているから、否が応にもサスペンスは盛り上がるのだ。

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05月21日(土)
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