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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■地震話はこのへんでオワリ/映画『ニューヨークの王様』
しつこいくらいに福岡県西方沖地震関連のニュースを取り上げていますが、こりゃもう前にも書いたとおり、地震直後からネット上の日記などを見回ってみて、「被災者である福岡市民自身が『たいしたことない』と感じてる状況じゃ、あっという間に風化しちゃうなあ」と思ったからでして。そりゃ人の意識の変遷なんてものは止めようもないものなんでしょうが、なんかその「忘れ方」があまりにも能天気なもんでねえ。
地震も火事も台風も水害も「なんちゃない(=何ほどのことでもない)」ってのが福岡人・博多人気質であって、ちょっとやそっとの不幸なんざ平気の平左、逆境に負けない打たれ強さを持っているのだ、と、好意的に解釈できないわけではない。しかし、市民も行政もそう思って「オワリ」なら、今後の災害対策なんてマトモに立つはずがないのだ。「何事も前向きに考える」ことは別に問題ないが、だからと言って何についても「無自覚で無神経」であっていいわけではない。
何日か前の日記ではかなり悲観的に、どうせ市民の防災意識なんて上がりゃしないだろう、と予測したのだったが、早くもそのことが証明されてしまった。
昨日までに読売新聞が福岡市民に対して行った地震についてのアンケートによると(サンプルは150人)、「地震発生後も何の対策も取っていない」と回答した人が45.3%にも上っている。
その理由をさらに質問したところ、曰く、
「もう地震は起きないと思う(44.1%)」
「何をしたらいいのか分からない(17.6%)」
「被害がなかった(11.8%)」
「これからやろうと思う(10.3%)」
「必要性感じない(4.4%)」
「とりあえず避難所に行けばいい(4.4%)」。
というテイタラクである。
「なんだ? この危機意識のなさは? 本当にこれが被災地の人の感想か?」と疑問に思われた他地方の人も多かろう。このアンケート、決して地震の被害の少なかった郊外で取っているわけではない。今もなお危険地帯だと言っていい、警固断層、宇美断層のある福岡市東区、博多区、中央区、早良区、西区で行っているのである。言わば、目の前に倒壊しかけたビルのある前で質問した結果がこれなのだ。
多分、他地方の人から「嘘つけ」と言われることを承知の上で「真実」を語らせていただくが、福岡・博多の人間のポジティブシンキング・前向き思考は、マンガのキャラクター並にファンタジック・非現実的なのである。さながら金田一蓮十郎の『チキンパーティー』の「トリさん」のように無意味に明るく、映画『ブルース・ブラザース』で、ブルース兄弟がロケットランチャー食らって瓦礫の下に沈んだにもかかわらず、何事もなかったかのように立ち上がってくるようなもので、どんな災害が来ても「今、何かあった?」ってなものである。
これは比喩でもなんでもない。地震直後にこれを地震だと認識できなかった人はアンケート結果では21.3%に上り、福岡人の鈍感ぶりを示している(予め言っとくが、いくら福岡で地震が少ないといっても皆無なわけではなく、気がつかなかったというのは相当な鈍感なのである)。
じゃあ、何だと思ったかというと、これがまあ、なんと言うか、コメントに困るような回答が多々寄せられているのである。……ちょっと代表的なものを羅列してみよう。
「外で車がぶつかったと思った」
「家に車が突っ込んだ」
「飛行機が墜落した」
まあ、この辺はまだ、「何かの事故だ」と判断したということで、錯覚こそしているが危機意識があったと言えなくもないが、問題はこれからである。
「人がたくさん走っていると思った」
どれだけの人が走ったら地面がそんなに揺れるのだ。マラソン大会どころの話じゃないぞ。誰か「トリビアの種」に送って実験してもらってくれ。仮にそうだったとして、そんなに大量の人間がなぜ走ってるのかも謎である。
「誰かに後ろから押された」
揺れてるのが自分だけならそうだろうけど、周囲は見えてなかったのか? この人、家の中にいたのか外にいたのか。外ならまだしも、家の中でいきなり人を突き飛ばされるって、誰がやったのだ。
「2階で弟が暴れ出した」
あんたの弟は何者だ。デビルマンか。
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03月30日(水)
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