ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491661hit]
■気持ち悪い話(笑)/『オタクの遺伝子 長谷川裕一・SFまんがの世界』(稲葉振一郎)
しげの病状、さらに悪化。
ともかく「気持ち悪い」を繰り返すばかりで、食事も喉に通らない。ともかく医者に行くように言い置いて、今日は職場へはタクシーで。
しげは結局、病院で点滴を打ってもらったようである。これまでさして健康面では特に悪いところのなかったしげだが、検査の結果では肝機能が悪くなっていたそうだ。
しげも酒は全くやらないので、これはもう「肉」のせいだろう。これで「肉しか食わない」生活がどれだけ体によくないかいくらバカなしげでも理解したとは思うが、でもだからといって抑制が利くような性格ではない。つか、我慢がストレスに直結するもんで、食わないでいれば食わないで心と体のバランスを崩すのである。……どうしようもないじゃん。
食事も喉に通らないので、しげはウィダーインゼリーでの食事。私は自分でスパゲティを作ったら、「油の匂いが気持ち悪い」と言われた。そこまで油使ってないのに、かなりひどい状況なのである。
夜、NHK『BSアニメ夜話』「新世紀エヴァンゲリオン」。
冒頭で「10年経ったら冷静に討論できるのではないか」という視聴者からのメールが紹介されていたが、滝本竜彦を呼んだ時点でそりゃ無理だったんじゃないか(苦笑)。編集でかなり“見られる”レベルにしてはいたが、かなり会場の雰囲気は重かったのではないかと想像される。
『エヴァ』にどっぷりハマッてしまって、心ここにあらずになってしまった人というのは、私もホモオタさんという実例を身近に知っているので、滝本さんの言動を見ていると、なんだか暗い気分になる。一歩間違ったら自分もああなりかねないと思うと、ああいうのめりこみ型、思い込み型の人を笑い飛ばせないんだわ。岡田斗司夫さんも唐沢俊一さんも、実にしゃべりにくそうであった。
肝心の論争も、説明のための説明に堕している部分が多々あって、例えば「『エヴァ』は『文学』でありまた『エンタテインメント』であり」といった言葉の使い方についてはかなり乱暴で、文学研究者から見ればあまりに無知な言に聞こえてしまうと思われる。じゃあ『文学』って言葉をどう定義してるんだよ、と突っ込まれかねないのだが、これは視聴者のレベルを想定しての故意の用語なんだろうね。視聴者をバカにしているようだが、まあホントにバカなのでこれは仕方がないのである。結局ここでは、「文学」とは「なんか難しいことを作者が内省してるもの」、「エンタテインメント」とは「お客さんを喜ばせるもの」と、単純に作り手のベクトルが内外のどっちに向いてるかという点でのみ解釈すればよいようになっているのだが、本来「アニメで文学をやるというのはどういうことなのか」まで、もうちょっと突っ込んでしゃべってくれないと、あまり意味のある話にはならないのである。
宮村優子の「気持ち悪い」エピソードは前にも雑誌で読んだことはあるが、より詳しくて楽しかった。いや、よくぞ放送したものである。すごいぞNHK。
稲葉振一郎『オタクの遺伝子 長谷川裕一・SFまんがの世界』。
「どうせ藤原のことだからこれは買って読んでるだろう」という声がどこかから聞こえてきそうだが、そりゃ買うよ。買わいでか。
いやね、最近読んだ本の感想、全然書いてないから(だから書き出したら止まらないのである)、これも書くのどうしようか迷ったんだけれど、やっぱりSFファンにはビッグ・ネームである長谷川裕一が、一般のマンガファンには今ひとつ知られていない、というのが悲しくて仕方がないからだ。
長谷川裕一が「スペース・オペラ」「タイム・トラベル」といったSFの古典的モチーフを大河ロマンとして描いて来た唯一無二のマンガ家である、という作者の主張には、「ほかにもいなかったかな?」と思いはするが、長谷川裕一のマンガ作品がどのように生み出されてきたか、そのルーツとなる文化背景としてのSF作品、それこそ海外日本を問わず、小説、映画、マンガの歴史をたどりつつ詳述していく姿勢は好ましい。文化を無視した単独の作品論、作家論というものはただの個人的感想にしかならないからである。
[5]続きを読む
03月28日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る