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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■心に残る余震/『新・吼えろペン』1巻(島本和彦)
昨日あたりから降り続いていた雨、今日も名残のようにしとしとと。
新聞で「こんな地震が来ると思っていたか」「地震保険など、事前に対策を取っていたか」なんてアンケートを福岡市民に対して取っていたが、答えは80パーセント以上が「何も対策していなかった」というもの。
メディアの馬鹿さ加減がよく分かるのがこういう「アンケート」というやつで、意図としては恐らくは「天災に対する油断」を指摘したいのだろうけれど、残念ながら、こんな指摘は何の意味もない。一年経って、更にまた一年経ってと、繰り返し福岡市民に対して「何か地震対策を取っているか」と質問していけば結果は出ると思うのだが、来年は少しは「地震保険に入った」といった類の回答が増えるかもしれないが、それも年を重ねるにつれ、徐々に低下していくだろう。喉元過ぎれば何とやらであるが、掛け捨ての保険に入るなんてもったいない、「また地震が来るかも」と戦々恐々としながら日々を暮らすよりも、「もう地震は来ないだろう」という根拠のない思い込みに依存して、地震前と変わらない生活を送っていくことのほうが自然なのである。いや、地震後四日を経た今日、避難中の被災者を除けば、殆どの福岡市民が何事もなかったかのような顔をして普通の生活に戻っている。
それがいけないとか、被災者の気持ちを考えろと言いたいのではない。マスコミの不穏な「煽り」に乗せられてビクビクして暮らすより、地震なんかどこ吹く風と鼻歌歌いながら毎日を過ごしていくほうがよっぽど健全だろう。私が不快に感じるのは、実態として、たくさんの“無事だった”福岡市民が、この地震を言わば一つの“イベント”として「楽しんでいた」くせに、とんでもない目に遭ったとでも言いたげにいかにもな「被害者面」をしていることなのである。
私のうちの本の山を見たことのある人は、決まって「地震が来たらどうすると?」と聞いてくる。あんまり同じことを聞かれるもので、いい加減うんざりして、「地震なんてそうそう来ねえよ」と言い放ってしまうこともしばしばであったのだが、それを聞くと相手はこれも決まって、「いや、分からないよ」と答えるのであった。しかし、このとき、「地震なんて来ない」と言った私は実は地震保険に入っており(最近はやめた)、「油断するな」と言ってくれた御仁はまず保険には入っていなかったのである。
私は昨日から今日にかけて、職場で何人かの同僚にわざと「これだけでかい地震があれば,もう当分福岡には地震は来ないでしょうねえ」と“振って”みた。それに対する彼らの返事はどうであったか。みんながみんな、狙い済ましたように「いや、分かりませんよ」と答えたのである。彼らが本気で地震の心配をしているとはとても思えない。賭けてもいいが、彼らの中でこれから地震保険に入ろうとするものは誰もいないに違いないのだ。彼らが地震で味わったのは「恐怖」ではない。恐怖だったら、こんな「他人事」なモノイイができるはずがない。みんな、あの地震が「楽しかった」のである。
私は、あのとき、本当に「死ぬかも」と思った。自分が助かったと分かった後も、父が倒れた戸棚の下敷きになって血まみれになっているビジョンが脳裏に浮かんで離れなかった。電話がいくら掛けても通じなくて、父のマンションまで駆けつけようかとも思った。けれど父は休日にはたいてい外出していることを思い出して気持ちを落ち着け、もう一度電話を掛けてようやく通じた。実際に父は山口に旅行していて無事だった。
自分が死の恐怖を感じたから言うのではないが、「ちょっとびっくりした」程度の人間が、あるいは楽しい“イベント”に遭遇できて「今の地震すごかったね!」と友達にメール送りまくってたような人間が、改めて「地震はどうでしたか?」と聞かれたときに、どうして簡単に「いやもう、恐ろしくて震えがとまりませんでした!」などと「地震の恐怖」をまことしやかに語れるのか、ということなのだ。もちろん、そこには“世間”を想定した“常識”が介在しているのだろう。家を無くし、避難生活をしている“本当の”被災者たちに対する配慮である。そういう方々のことを思えば、軽々しく「今の地震楽しかったね」とはなかなか言えるものではない。
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03月23日(水)
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