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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■特撮と絵画展と映画と美術展とアニメとドラマと/映画『ベルヴィル・ランデブー』ほか
しげのチョコ作りが佳境。
なのはいいけれど、台所の排水溝がチョコカスで詰まってるんだかなんだか、水が流れなくなってて汚水がたぷたぷ溜まってんだけど。いい加減、掃除しろよ(-_-;)。
8時ピッタリに目が覚めたおかげで、オープニングだけ録画し損ねちまったけれど、今週もしっかりと見た『仮面ライダー響鬼』第2話。ヒーロー対怪人じゃなくて、鬼対妖怪という印象がかなり強くなっていて、多分これでまた「こんなの仮面ライダーじゃねえ」って怒りの声はチマタに溢れたことだろうが、さて本当にそうか。
翻って、最初期の旧仮面ライダー1号を思い返して頂きたい。モデルはバッタと言うが、そのマスクやスーツのカラーは緑と言うよりは黒に近く、およそ従来の「正義のヒーロー」とは全くイメージが違っていて恐ろしげですらあった。
仮面ライダーとは本来その「異形」さこそが原点にあるので、それは石森章太郎自身がライダーの「原作」マンガを手がけた『仮面ライダー』『仮面ライダーアマゾン』『仮面ライダーBLACK』の三作に共通するモチーフである。さらに原型となった復讐のヒーロー『スカルマン』のデザインを考えれば、ライダーが「みんなのヒーロー」でもなんでもない、ダークな存在だってことは論を待たない。その意味で、今回の響鬼はハッキリこの「原点」の系譜に連なっているのだ。
だいたい「こんなの仮面ライダーじゃねえ」って声は、平成仮面ライダーどころか、既に2号ライダーのころから出てんだ。「変身!」って掛け声だって、ポーズだって、旧1号ライダーはやってなかったってのはムカシのファンにとってはトリビアでも何でもない「常識」。島本和彦じゃないが、「ライダーは旧1号のみ」という思いがある人間は、かえってほかの全てのライダーは「許す」しかなくなるのである。……あのね、“少年ライダー隊”やら“ライダーマン”やら、“電波人間タックル”だってかつてのファンは“許して”来たんだよ? ライダーがアタッチメント使うのはオッケーで、カード使ったりディスク使ったりしちゃダメって、そりゃスジが通らんでしょうよ。
だからライダーが未だにバイクに乗ってないとか、敵さん(でっかい土蜘蛛)の背中にまたがって、バチで太鼓叩いてその振動で爆発させて倒したとか、そんなの別にどうってこたあねーんだって。そもそも「ライダーキック」だって充分馬鹿馬鹿しかったんだから。……第2話を見てない人は何のことだかよくわかんないでしょうけど、そういうシーンがホントにあったんですよ。信じてもらえないかもしれませんが(^_^;)。
だから、阿部川キネコのマンガ『辣韮の皮』に出てくるライダーオタクのジャスティスなんて、旧ライダーのコスプレして「平成ライダー許せん」なんて言ってるけど、あんなのはライダーファンとして見た場合は単に自分のシュミに拘泥してるだけで、石森章太郎テイストなんて何も理解しちゃいない痛いオタクに過ぎないのである。……キミもそうなってはいないかね。
昭和ライダーを神格化して『クウガ』以降を全否定する連中は、やっぱりその時代をナマじゃ知らない世代か、知ってても本気でライダーファンじゃなかった知ったかぶりのスノッブだろう。今度の第2話でますます日本中のライダーファンは震撼したと思われるが、もうあそこまでぶっ飛んでくれてりゃあさ、旧ライダーがどうのこうの言わないで、広い意味で石森テイストのダークヒーローものと思って見てこうかって私みたいなロートルは思うんですよ。前回のミュージカル風演出にはヘタレたけれど、今回は演出、編集のテンポもよくて、役者のヘボ演技もさほど気にならない。少なくとも出だしの時点では平成ライダーシリーズ中一番面白いと言っていいと思う。
……なんだか『ゴジラ』と同じような擁護の仕方をしてるが、もしかしたら『響鬼』が平成ライダーシリーズの「ファイナル・ウォーズ」になるんじゃないかという予感もしないでもない今日この頃なのでした。まる。
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02月06日(日)
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