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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■『九州発言者塾 第一回シンポジウム 日本国に自立・自尊は可能か』/ドラマ『古都』
 だーかーらー、「眞野裕子」「ヌード」で検索して来ても、何の情報もないっつーてんの!(+_+) ……やっぱさー、これだけパソコンが普及してネット人口が増えたのって、そりゃ、ビジネス上の理由とかもあるんだろうけれど、アダルト系が目当てってのも相当高い率であるんだろうねえ。小学生のパソコン普及率も高くなってるけど、「とりあえずパソコンさせときゃ時間潰してくれるから」なんて放任するんじゃなくて、「親が必ず一緒に使う」ってのを最低条件にしないとイカンと思うよ、古臭い道徳観かもしれないけどさ。


 昼から天神・アクロス福岡へ。
 『九州発言者塾第一回シンポジウム 日本国に自立・自尊は可能か“防衛・外交そして教育”―講演と討論―』を聞きに行く。しげも誘ったんだけれど、「他人のお喋りずっと聞かされ続けるのはイヤだ」と断わられた。いや、それが「講演」なんだけど(^_^;)。
 出席者は九州大学教授の清水昭比古氏、月刊『発言者』主幹の西部邁氏、漫画家の小林よしのり氏、作家の佐藤洋二郎氏。
 いろいろ物議を醸しまくっていらっしゃる方々ばかりですが(^o^)。こういう講演を聞きに行ったとなると、すわ「こいつ信者か」とか「コヴァか」とか白い目で見られてしまうのだけれど、別に私ゃ右でも左でもござんせん。つかもう、今の時代、右か左かって区分け事態があまり意味なくなってきてるなあと実感するんで。いるのはもう、キチガイかそうでないか、その違いだけだ。でも実体験としてメイワクかけられてきたのは圧倒的にヒダリの方々ばかりだわね。人の話ってまるで聞かないんだ、あいつら。
 庶民の力など微々たるもんで、歴史だの政治だのは個人の思いがいくらあったって変わるこっちゃないし、また変わっちゃマズイ面もあるだろうと思ってるもんで、政治的なことをこの日記で書くことは控えるようにしてはいるのだけれども、世の中見ているとなんだかなあ、シロウト考えでもこれはヘンだよなあ、と思うことはいろいろあるんである。だから、こりゃさすがに無視はできないなあって大事件が起こったときに、「これはオカシイ」と書くことはあるんだけれど、そうするとこれが西部さんや小林さんの言ってることと一致することもちょくちょくあって、アイタタとなっちまうのである(もちろん違う部分もたくさんありますよ)。
 そうすると、自分が漠然と考えているモノの考え方の基盤に何があるのか、自分が何に拠って立ってモノを言っているのか、自分と意見の違う人たちは何に拠って立ってあんなにヒステリックになれるのか(^o^)、そういうことが気になりだしてしまうので、本を読んでるだけでは飽きたらなくなって、直接その人たちの話を聞いてみたいという衝動にも駈られてくるのである。そういうわけなんで、会場でやたらウンウン頷いたり拍手したりするヤカラと意識は違うので、あまり誤解されないようにお願いします(^_^;)。このシンポジウムには、某協会も背後で絡んでるとかいう話もありますが、そっち方面との繋がりも私は全くありませんので。

 講演のタイトルは以下の通り。
 1「福岡から日本国の自立・自尊を問う」清水昭比古
 2「米中のはざまで日本国の自立をめざす」西部邁
 3「戦後外交史と国家戦略」小林よしのり
 4「教育、自立への道」佐藤洋二郎
 でも殆どタイトルに縛られないざっくばらんな話ばかり。つかみんな「自分史」を語るんだね。全部の内容を細かく書いてるととても書ききれないのですごく乱暴に纏めてしまうと、以下のようになろうか。
 清水氏 「城山三郎の『落日燃ゆ』を読んでください」
 西部氏 「東大辞めたあと好き勝手したけど、そういうことも大事」
 小林氏 「庶民感覚だとやっぱ『反米』のポーズ取るしかないじゃない」
 佐藤氏 「歴史は言葉でしか遡れない」
 あまりポイント突いてないかなあとは思うが、日頃ぼんやりした生き方しかしてない人間が他人の言葉を捉えるときはこんなもんである。

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02月05日(土)
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