ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491673hit]
■『魔女の宅急便』実写化?(゚o゚)/映画『レイ』
先週休んでた分の仕事が押せ押せで、一日がかり。
けど結局、完成しないまま、来週に持ち越し。まあ月曜日がシメキリだから遅れたことにはならんのだけれども、今日中に片付けておきたかったなあ。月曜日生きてるとは限らんのだから(シャレにならん)。
帰宅してひと休憩してからキャナルシティへ。ここんとこ見たい映画が立て続けに上映されるので、追いかけるのも大変なのである。
AMCで映画『レイ』。
「レイ」と聞いて真っ先に綾波レイとか火野レイとかアムロ・レイを思い浮かべる人はオタクの定番ではあるけれども、ちょっとも少し趣味を広げていただきたいかな(~_~;)。レイ・ハリーハウゼンやレイ・ブラッドベリが浮かんだ人は今どきはもう病膏肓の域なんだろうねえ。私がそうだが。……『0課の女』? まあ人は好き好きですから構いませんけどね。
もちろん映画のタイトルの「レイ」はレイ・チャールズである。ほかに誰がいるよ。
つまらない前振りで申し訳なかったが、アメリカでは大ヒット、DVDも発売した途端に売り上げトップを記録したというのに、日本では、確かに『オーシャンズ12』とか『オペラ座の怪人』とか、強敵がいるのは分かるけれども、興行収入ベストテンにも入らないという状況。「レイ・チャールズ」って言っても、若い人は全然知らないんじゃないの? と悲しくなってしまったからである。しげも最初に知ったのは『いとしのエリー』からだって言ってるしなあ。
とは言え、ここで「レイ・チャールズのアメリカ・ミュージックシーンにおける偉大な軌跡」を語るつもりはない。語りきれるはずもないし、語れるだけの音楽的素養も私にはない。言えることは、『レイ』が一人のミュージシャンの半生を描いた伝記映画としては殆ど稀有と言っていいくらい出色の出来だ、ということである。
伝記映画の大半がつまらないのは、たかだか2時間か3時間程度の時間では一人の人間の人生を描くことなど到底かなうものではなく、薄味のダイジェスト版になってしまうものが殆どだということだ。だから内容を「濃く」するために、その人物の人生の一時期だけを切り取る、という手法を取った映画のほうが最近では多い。『ネバーランド』もそうである。
ところがこの『レイ』は、レイ・チャールズの幼少期からヘロイン中毒から脱する60年代までの30年間ほどを殆どダレさせることなく見せてくれている。
一つはもちろん、レイ自身の「音楽」の魅力による。ナット・キング・コールやチャールズ・ブラウンのモノマネに過ぎなかった彼が、「オリジナル」に目覚めるまでの苦闘、ゴスペルとの融合、カントリーへの回帰、音楽性が変容していく軌跡を克明に描いていることが「流れ」を生んでいる。
しかし、この映画に芯が一本、貫かれているのは、ヘロイン中毒による幻覚がレイを襲ったときに現れる「水」のイメージが、彼の幼少期と直結して何度となく繰り返されているためである。観客は始めあの「水」が何を意味しているのか探ろうとし、その正体が判明したあとは、レイが中毒から脱してどのように救われるかを想像する。その間に途切れがないためにダレずに見ていられるのだ。
レイの音楽も、愛も、苦しみも、全ては幼少期の母と弟の間で起きた出来事が底流にあってレイの人生を支配、抑圧してきた。そんなレイを本当に救えるものは家族の愛でもなければ親友でも愛人でもなく、結局、「音楽」であった。センチメンタルな要素を極力排したその冷徹な視点が、この映画を人情悲喜劇に堕することから救っているのである。
しげのチョコレート制作が本格化。家の中はチョコ臭が充満していて空気が濃い。
甘ったるくて気分が悪くなるが、喚起すると寒くなるし、なんで2月なんて一年で一番寒い時期にこんなイベントを仕掛けやがったんだとお菓子業界に悪態の一つもぶつけたくもなる。
[5]続きを読む
02月04日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る