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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■十周年の、祈念の日に/マンガ『ラブやん』(田丸浩史)1巻ほか
阪神・淡路大震災からちょうど10年。
職場で、正午に黙祷を捧げるように指令が出る。去年はこういうのをやった記憶がないから、10周年だということでの特別措置なのだろう。次は20年後ということか。毎年やらないと意味がないような気もするが。ゲンバクだってハイセンだって、もう60年も経っちまえば夏が来ても巷で話題にすることは少なくなる。戦後生まれが戦前生まれの人口を上まった、と報道されたことすら遠い昔となり、歴史の記憶の風化はもはや止めようもない。
それでも阪神・淡路大震災についてどうしても寂しく思いを馳せてしまうのには、理由が二つある。一つは震災で家をなくした人が福岡に引っ越してきて、知り合いになったこと。テレビを通してしか震災を見ていない私にとって、「家は震災でなくなりました」と言った時の彼女の凍りついたような表情が、唯一私が震災の恐怖を肌で感じたように思えた瞬間であった。
もう一つはちょうど10年前、母が死んだことだ。1995年という年は一年中、世の中に暗いイメージが蔓延していた。あの時の母は、大阪に親戚や友人がいたこともあって、無事を確認するまでかなり心に疲労を感じていたようだ。震災のほかにも、オウム真理教事件が起きたのがこの年だった。ジャイアンツファンの母にとっては原辰徳の引退も大ショックだったろう。そういった出来事の数々が心労となり積もり積もって、母の命を短くしたようにも思う。未来への希望が見えない時代にいきなり行ってしまった母のことを思うと、私は何度も暗澹たる気分にさせられたものだったが、その後の10年の更に暗い歴史を思うと、あのときこの世を去った母はまだ幸せだったのかもしれないとすら感じてしまう。阪神大震災の教訓は、今、新潟中越地震では生かされているのかどうか。
テレビの特集記事で、「震災はまだ終わっていない」と呟くご老人の姿や、復興はしたものの客足が2割も減ってしまった商店街、再開発された街の陰で未だに空地のままになっている土地などが映し出されている。今はまだあれから10年、災害の爪あとは具体的な形であちこちに残っているし、こういう番組を通してあの時の記憶が反復されてもいる。震災を経験しなかった人々の心にも、震災の後に生まれてきた子供たちにも、何か響くものはあるだろう。しかし、更に10年を経過したらどうなるか。
10年が経ち、1億の日本人がその時の記憶を忘れ、更に10年の後には、今の記憶もまた忘却の彼方に消えて行く。それは避けられないことではある。しかし、ほんのひと握りの人々が、10年前の、20年前の記憶を一生忘れずに受け継いでいくことも確かだと思う。仮にあの空地に再び建物が建って、100人中99人が、そこがなんの土地だったか忘れてしまうようになったとしても、あとの一人がそこに立って、「ああ、ここはあのときの……」と、過去の幻を見出すことだろう。歴史とは、実はそういう「たった1人」によってのみ、語り継がれていくものなのである。
しげが「そういえば」と言った。
「10年前は○○さんとまだ付き合いがあったね(○○さんというのは、例の中傷葉書ばら撒きのホモオタさんのことである)」
「もう、そんなになるかな」
「阪神大震災の時、○○さん、『大阪人は行いが悪いから天罰が当たったんだ』と言ってたの思い出したよ」
「そんなこと言ってたか。……そのころからイカレてたんだなあ」
言われて私も思い出したが、ホモオタさんは、あちこちで地震、台風などの災害があるたびに「天罰だ」と言い、その災害は「自分が起こした」と嘯いていたのである。他人を恨むあまり、自分を神のように優れた特殊な存在だと思いこむことでしか、精神を保てなくなっていたのだろう。
先月もホモオタさんは中傷メールをバラ撒いて、何やら注意を受けたような話である。注意だけかい(-_-;)。
イカレてるだけじゃなくて犯罪スレスレの行為を行っている人間だと会社も承知しているはずなのに、大っぴらに処分することもできずに大事に大事に飼っているんだから、世の中やっぱりどんどん悪くなっているのである。
マンガ、田丸浩史『ラブやん』1巻。
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01月17日(月)
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