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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■イノセンスな情景/『のだめカンタービレ』10巻
 こないだの練習以来、しげが「ショック」を受けている。
 日記で、「夜通し、カトウ君と芝居やゲームや恋愛話を熱く語っていた」と書いたのだが、実際には私は寝ていたので、ホントはどんな会話をしたかまでは知らないのである。どうせそんな話しかしちゃいないだろう、とあてずっぽうで書いたのだが、あとで聞いてみると、ホントに芝居とゲームと恋愛の話しかしなかったとか。寝ろよ(~_~;)。
 その「恋愛話」の中でまあ、御互いの恋愛観やらを語り合ったそうなのだが、そこでカトウ君、しげのことを「しげさんのことは人としてはともかく、恋愛対象としてはキライです」と言ったというのである。
 そりゃ、傍若無人、無知蒙昧、狷介孤高なしげのことを恋愛対象として見る人間がこの世にあろうとは思えない(人としても評価はしがたい)。ごく当たり前の感想なので、今更いったい何がショックなのかと聞いてみたのだが、「別に自分からコクる気もない相手にいきなり『キライ』って言われるんだもん」とフクレているのである。
 なんか、島本和彦の『炎の転校生』で、戦闘フォーが滝沢昇に「ぼくには好きな人がいるんだあ!」と言われて「別に好きでもなかったのにショックだわ」とか言ってたの思い出したな(^o^)。
 戦闘フォーの場合はカワイイ子ばっかなので、ショックを受けるのも順当と思えるが、しげの場合は「鏡を見ろ」である。いや、面相だけの問題ではなく、性根の問題である。「恋愛感情」ってのは、相手に対して「憧憬」と「独占欲」が同レベルで存在していないと成立しないものであるが、しげのどこにも憧れるような部分はないし(あれだけ自分に無責任に生きられる点は羨ましいと思うが)、アレを独占して何か特することがあるのか。見返りもないのにわざわざ重い荷物を背負いこむ馬鹿はいない。嫌われるのがごく普通の人間の反応であろう。
 それに、恋愛感情なんてのは、本来、人と人とを結び付ける要素としては、殆どその効力を発揮しないものである。世の中には恋愛原理主義者が腐るほどいるが、全然その本質に気付かずに離合集散というか、惚れた切れたを繰り返しているのは全くご苦労なことである。一生、ユメを見てたい気持ちも分からんではないが、ユメの中にしかいないというのもちょっとどうだろうか。
 しげにもこの「ユメ」見る部分は多分にあって、だからこそ「ショック」も受けたのだろうけれど、これまで自分の中に「憧れられる」ものとか、「独占したくなる」ものを作りあげ磨いていく努力をなんか一つでもしてきたのか、と言いたい。人として女として自分を磨くことも全くしていないのに、惚れられるだけのことはありたいと望むというのは、世間一般では「おこがましい」と評されることなのである。
 私の場合、なんでしげとくっついてるかっていうと、何度も書いたことではあるが、恋愛感情とかではなくて、これが「縁」だからだ。抽象的でよく分からん、ということであれば、しげといることが「人生の仕事」だと認識しているのだ、ということでご理解いたただきたい。いやさ、「仕事」じゃなきゃ、普通、あんな人間の屑と一緒にゃいませんて。こういうことを言うと、しげは「愛がないの!?」って怒るのだが、ない袖は振れない。それがイヤなら初めから私と違って「マイ、ハニー!」とか言って毎日抱きしめてくれるような恋愛至上主義者を相手にすればよいのである。私のような冷血漢と結婚した時点で、甘い生活を期待するのはやめてもらわなきゃ。


 昨日に引き続き、トンガリさんは休み。うわあ、ホントに五連休にしやがったなあ。出勤してんの、平均したら週に三日くらいじゃないのか。どうしてそんなに休めるんだか、それこそトンガリさんの口癖じゃないが、「分かりません」。仕事はどんどん滞ってきているのだが、こうなったらもうトコトン出てこないでほしいなあ。中途半端に出てこられたら、またしたくもない口論をしなきゃならなくなるし。

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09月22日(水)
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