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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■マーシーって愛称もなんか好きになれなかったが/DVD『Re:キューティーハニー』天の巻
 三連休が明けて、まだややからだの調子が戻らない状態で出勤。
 こないだ相当な口論をしたので、トンガリさんはどんな顔して仕事しているやらと覗いてみたらまたまた欠勤だった。てことは四連休か。明日も休めばその次の日も休みだから一気に六連休、さらに二日休んだら十連休まで行っちゃうけど、いっそのことそのまま出て来なけりゃいいのになあ。そうすりゃさすがにおエライさんたちも、「代わりの人を」って判断してくれるだろうから。


 明日は父の69歳の誕生日なので、プレゼントを買いに仕事帰りにしげと博多駅に。
 プレゼントの選択はしげに任せて、私は紀伊國屋を回って、仕事関係の資料を探す。まあついでにDVDやら本やらも買ったけれど。
 DVDは、予約していた『イノセンス』のリミテッドエディション2、『鉄人28号』3巻、『Re:キューティハニー』1巻。他にもほしいものはたんとあるのだが、今月はお出かけの予定が多いので、泣く泣く諦めたものも多い。ああ、ビリー・ワイルダーボックス、冬のボーナスが出るまで売り切れてませんように(T.T)。
 しげ、最初はお風呂用品を何か買うと言っていたのだが、適当な品がなかったとかで、ダヤンの携帯ストラップとボーチを買ったとか。70歳目前のジジイが付けるものとも思えんが。

 七時過ぎ、父の店へ行く。信号にいくつか引っかかって、5分で行ける距離が10分ほどかかってしまったが、父は店の前で待っていた。中にいてもよかろうに、トシ取るたびにせっかちになっているようである。プレゼントを渡して、夕食に誘う。あいにく目当ての店は駐車場が満杯で、仕方なく近所の焼肉屋へ回る。
 父は牛刺しにビールに焼酎、私としげは焼き肉を適当に見繕う。誰もダイエットなんて考えてないんじゃないかってメニューだ。できるだけ肉はつままないで野菜ばっか食うようにはしたけど。
 父、酔いが回るにつれてこないだの電話の件でまたまたクダを巻く。
 内容は同じことの繰り返しで、父は幼馴染の友人に対して、「なんでしげさんの育ちが悪いとか、そんな理由でお前たちを別れさせようなんて言わないかんか。おれは差別するやつが一番好かん」と立腹しているのである。
 当のしげは「育ちの悪いのは事実らしいんで」と苦笑しているが、酔っぱらった父はどうにも止まらない。「あの人も、子どものころ、人から差別されたことがあるったい。自分も差別されとって、なんで自分も他人ば差別するか? おれにはそれが分からん」と、どうにも腹の虫が収まらない、というふうである。
 「自分が差別されとうから、他人ば差別するようになるんよ。仕返しみたいなもんやろ」
 身もふたもない言い方だが、傷つけられた人間が痛みを知るが故に他人を傷つけないようになる、なんてのは理想、と言うよりはただの幻想である。たいていの人間は傷つけられればただの人間不信に陥る。そして時には“意図的に”他人を攻撃することすら厭わなくなる。で、殆どのオトナがそれまでの人生の中で一度も傷つけられなかったことなんてないから、他人を平気で攻撃し傷つけるようになるのである。それが現実だ。
 だから、「自分は昔、傷つけられたことがあるから、他人を傷つけないようにしている」などと堂々と言ってのける人間は、ウソを平気でつくことのできる詐欺師か、そうでなければ無意識のうちに他人を傷つけまくっている最も迷惑な“善人”である。この「善人」が実に始末に悪くて、過去に「傷ついた」経験が、他人に対して何か説教できる資格を与えたかのように本人を錯覚させてしまっているのである。心が「自分は正しいことを言っているのだ」という確信に支えられているから、もう他人の言葉は全く届かない。具体例はあえて挙げないが、多いよな、こういう手合い。
 まあ、父も実はその「手合い」とやらの一人なんで、脳天気に「差別された人間は他人に差別しなくなるものではないのか」なんて理想論を言ってしまえるわけなのだが。私だって差別は嫌いだが、差別をすることでしか人は自己の精神を安定させられない、ということも知っている。そこに例外はない。単純に「差別反対」なんて言えるものではないのだ。

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09月21日(火)
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