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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■入院顛末3・徒労
朝から台風。
こないだの台風の時も病院にいたけれども、今度も病院で台風を迎えてるのは何かの暗合か。
ようやくベッドから離れて動けるようになったので(昨日までの移動は全て車椅子だったのである)、職場に連絡を入れる。昨日はしげが上司と連絡が取れなかったと言っていたのでうまく繋がるか心配していたのだが、すぐに電話口から上司の声が聞こえてきた。
「すみません、突然休んでしまいまして。救急車で運ばれたもので、連絡が遅れました」
「いえ、大変でしたね。おからだのほうはどうですか」
「胃潰瘍だそうです。ストレス性だと言われましたが」
「それはそれは」
「でも、さいわい、ガンじゃありませんでした」
「いやあ、それはよかったですねえ」
「で、今日、退院して明日から出勤したいんですが」
「もう大丈夫なんですか?」
「医者からは、明日まで養生しろと言われてますが、あまりご迷惑をかけるのも……」
「いやいや、差し出がましいことを言うようですが、医者がそう言われるのでしたら、ぜひ明日までお休み下さい」
「いや、そんな」
「いえ、ぜひ」
何だか、誰も彼もが優しくて涙が出そうになるが、一番自分に近い人間が一番優しくないって、どういうことなのよ。
検査は昨日で全て終了しているので、今日は様子見。嘔吐や腹痛がなければ、明日は退院である。嘔吐感はほとんどなくなり、便秘も座薬を入れたら一気にすっきりした。しかし便は下痢状態で、痔が切れてもいないのに血が混じっている。
食欲は戻っていたので、昨日までの絶食は解かれてお粥食が始まっていたが、点滴はまだ外せず、おかげで血糖値は上がりっぱなし、一時は381を記録した。インシュリンを何度も打つが、なかなか200を切らない。
熱は37度5分。夕方には36度2分まで下がった。総体的に、健康になったとまではいかないが、まあ、過激な活動をしなければ普通に生活できる程度には回復したと言えるだろう。
明日退院となれば、テレビカードを買ってテレビを見るのももったいない。昨日持って来てもらったカバンの中に入っていたエリザベス・フェラーズの『私が見たと蠅は言う』と、竹久夢二の『童話集 春』を読む。
夕方、しげが洗面用具を持って来る。
明日退院だから今頃持って来るのは遅いのだが、三日もずっと歯も磨けない、髭も剃れないではやはり気持ちが悪いので、それだけでも持ってきてくれとメールで頼んでおいたのである。
寝ていた私の足をくすぐって起こしたしげ、洗面器を入れた袋を床に投げ出すと、さっさと逃げ帰ろうとした。野性のカンで「何か言われる」と思ったのだろう。こういうところもしげの人間的に卑劣なところだ。
「用事はまだ終わってないよ」
しげを呼び返して、まず、父から預かったお金を取り上げる。
「親父から『金を預かっとけ』と言われたことの意味、わかるか?」
ここしばらくのしげのだらしない行動、肝心な時にマトモな対応ができない情けなさ、何より、父の信頼を失っていることなど、どう考えているかを問い質すが、いつものごとく、はかばかしい返事は返ってこない。
「オレの病気、ストレス性の胃潰瘍だってよ。オレにストレスがかかってるとして、一番の原因は何だと思う?」
「オレだって言いたいっちゃろ!? 分かっとうよ、そんなこと!」
「分かってるって、お前、ホントに自分が悪いと思ってるのか?」
「父ちゃんのチケット、ムダにしたのは悪かったと思う」
チケットの方がオレの健康損なってることより「申し訳なさ度」が上か。ああ、もう情けな過ぎて泣く気も失せる。
「親父に電話するなってあれだけ言ったのに、どうして逆らった? おかげで親父、一睡もできんやったって言いよったぞ」
「だって、入院承諾書に父ちゃんのサインがいるから、次の日電話しても連絡つかんかったらいかんと思って」
「連絡つかなくて何が困るよ。サインなんてあとでもいいやん」
「そんなこと、今気付いたもん!」
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09月07日(火)
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