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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■見てない映画は☆の数。
久しぶりの仕事、可もなく不可もなく。
例によって例のごとく、トンガリさんに関してのトラブルがちょびっとあったのだけれど、ご本人は欠勤であった。つまり「後始末はあんたらでやっとけ」ということか。なかなかいい度胸をしているのである。でもするしかないんだよなあ(+_;)。
掲示板定連のふーみんさんから、安部公房の『砂の女』のレビューを依頼されたので、20年ぶりくらいに読み返す。これくらい時間が経つと、「読んだ」という記憶はあるが、ディテールは殆ど覚えていない。『壁』も『他人の顔』も『人間そっくり』も『第四間氷期』も同様で、どれくらい忘れているかというと、「えーっと、『壁』って、名前をなくした男が壁になる話だったっけ?」ってなものである。このあたりの作品群は、もう一度読み返したいところだ。
ついつい、小説本編だけでなく、当時の批評や資料などにも目を通したくなり、本棚をあちこち探る。大学は好きで選んだブンガクブなので、一応その手の資料は山ほどある。けれど、評論家と名のつく人たちがいろいろ言葉を変えて語ってはいても、言ってることは誰しも似たようなものである。結局、安部公房の作品全てに共通するのは、「確かなものなんて何もない」ということである。
しかしこれ、本気で書き出したら、マジで「安部公房論」になりかねないなあ。できるだけコンパクトにムツカシイ言葉は使わないようにまとめるつもりではいるけれども。
全体、評論家は無意味にややこしい表現を使いすぎるのである。磯田光一なんか、『砂の女』評で「可塑性の人間観」なんて言い方してたけど、なんで「人間は成長、あるいは変化するものという考え方」と素直に言えんか(つか、前後の文章でそう書いてるし、わざわざ改めてこんなややこしい表現でまとめる必要はないのである)。その点、安岡章太郎なんかは平易な書き方で、わかりやすい。このあたりが評論家と作家の違いかな、とも思う。
安部公房には映像化された作品も多く(殆ど自分で作ってるんだけどね)、川本喜八郎がアニメ化した『詩人の生涯』などは、私の特に好きな作品である。でも今日、原作戯曲(ラジオドラマ用)を読み返してみて、社会主義的思想の色濃いアニメ版に比べて、原作はずっと象徴的、寓意的なのに気付いた。やはり若い時と今とでは、感じ方にかなりの差が生じている。だからこそ、安部公房が語るごとく、人もまた変化し続けるものなのだということなのだろうが。
なんか、ほかのコンテンツでもそうだけど、あれこれ資料をひっくり返して見てる時間の方が長いから、なかなか更新が進まないのである。実際に書く時に使えるのは、その一部でしかないのにねえ。
夕立が激しかったので、タクシーで帰宅。
しげは案の定、ぐーぐー寝ている。今日は舞台『ピローマン』(マーティン・マクドナー作・長塚圭史演出)のチケット先行発売の日で、しげに電話予約を頼んでいたので、昨日の夜から今日の昼までずっと寝ていないはずである。だから今日は迎えに来れなかったのも仕方がないのだが、寝相の悪いのだけはなんとかならんものか。殆ど布団と格闘してんじゃないかってくらいに転げ回っているが、寝ながら体力使ってちゃ、カラダは休まらないだろうにねえ。
チケットは一応無事に取れたらしく、パソコン机の上に郵便局への支払いのメモらしきものが乗っている。……けどこれがまるで読めねえ(~_~;)。幼稚園児並の悪筆を誇る(誇るなよ)しげの字で、しかも筆で書いてるものだから、数字が全く読めないのだ。0と1と6の区別がつかないって、どうすんのよ、コレ。
DVD『ジャングルはいつもハレのちグゥ FINAL』7巻(完結)。
どう完結させるのかと思ったら、原作通り、“『ハレグウ』1巻に続く”、であった。でも、既に内容はお子サマ向けアニメではなくなっているから、テレビシリーズはムリだろうなあ。OVAシリーズで続けてくれると嬉しいのだが、さて、世間のニーズはどれだけあるものか。なんか私の周囲だけだと、このシリーズに対しての反応がイマイチ鈍いもので、ペイする程度の人気はちゃんとあるものかどうか(それなりにはあるのだろうけれど)、不安になるのである。
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08月18日(水)
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