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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■神経科に行こう!&デジモン新作
 金曜日はしげの通院の日。
 診療のあとはいつも、しげがその日お医者さんとどんな話をしたのか、報告してくれるのだが、今日は何となく嬉しそうな顔をしている。
 「ねえ、オレ、通院して何ヶ月になるか知ってる? 7ヶ月だって!」
 「まあ、そんなもんだろうな」
 「今日、お医者さんから『何ヶ月通ってるか分かりますか?』って聞かれたから、『わかりません』って答えたら、そう言われたんよ。3ヶ月くらいだと思ってたからもうビックリ」
 「おれが退院してからも3ヶ月経ってるんだから、それくらいにはなるやろ」
 「で、『効果はありますか?』って聞かれたから、『相変わらず家事をしないって言われてます』って答えたら、『じゃあないんですねえ』って言われた」
 「……『言われた』じゃなくて、するようになれよ」
 神経科のお医者さんが患者さんとどんな話をするのか、興味はあってもなかなか具体的に耳にする機会は少ない。プライバシーの問題があるから当然ではあろうが、何かにつけ排他的になりがちなこのクニでは、神経科に通ってるってだけで偏見の目で見られてしまいかねない。
 しげが通院していることも日記に書こうかどうしようか、最初は迷いもしたのだが、考えてみたら、「書いちゃマズイかな」と考えること自体が偏見を偏見のまま放置することになる。別に差別撤廃なんてキレイゴトを口にする気はないが(そんなのは理想論どころか妄想だ)、私は世間が、しげ程度のいかれぽんちの存在を許容できないのなら、世間自体に存在価値はないと考えているのだ。狂ってない人間なんて、いない。
 神経科に通ってることをカミングアウトした本も、少しずつ増えてきている。私が最初に読んだのは、大原広軌・藤臣柊子共著の『精神科に行こう!』だったが、私はこれを読んで「ああ、精神科(神経科)って、もっと気軽に通えるとこなんだ」と知って、随分、気が楽になった。もっともしげの方はこれを読んだ当初は、かえって「やっぱり頭のおかしいヤツが行くとこじゃん。もし診察されてそのまま入院させられて帰って来れなくなったらヤだ」と、いったいいつの時代の話やねん、と言いたくなるような妄想に取りつかれてしまったが(そんな描写はこの本の中には全くない。念のため)。こいつ、やっぱり治療を受けた方がいいなあ、と思ったのはしげのそのセリフを聞いた時からだった。
 他人とうまく付き合えない人間ばかりが神経科に通わなければならないというわけではない。それもまた偏見である。「自分は社交的で人間関係を作るのが得意である」と考えてる人間だって、誇大妄想なのである。たいてい「そう思ってるのは自分だけ」で、まあサムいギャグばかり飛ばしている中年オヤジに多いパターンだ(^o^)。須らく、人はみな神経科に通って構わない。
 病院の名前とか、具体的なことを書いてそちらに迷惑をかけちゃまずいから、それは避けるが、会話の内容などは、もっと知られていいと思う。そうでないと、いつまで経っても「神経科はコワイところ」というイメージが消え去らない。
 今の病院の先生、しげが最初に診療を受けた時に、「合わないなあと思ったら別の病院に変わっていいんですからね」と言ってくれたそうで、それだけでも信頼できるかなと思っている。
 「ねえ、『カイリショウ』って知ってる?」
 「聞いたことはあるな」
 「前に、先生から『病名がほしかったら付けてあげますよ』って言われてたから、『ほしいです』って言ってみたんよ」
 「ほしいのかい(^_^;)」
 「だって、劇団のウリになるじゃん」
 「……うーん、なるといえばなるかなあ」
 「『夢と現実の区別はつきますか?』って聞かれたから、『つきません』って言ったら、『それは“乖離症”と言えますね』って言われた。いろいろ聞かれて、この次までにもっとカッコイイ病名決めてもらうことした」
 「……決めてもらうものか? そういうのって」
 「だって『物忘れがヒドイ』だけじゃ、“健忘症”ってことになっちゃうじゃん。“健忘症”はヤダ。まだ“記憶喪失”の方がいいよ。ウソにならない程度にカッコイイ病名の方がいい」
 病名に注文つける患者というのも何なんだかなあ(~_~;)。



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05月28日(金)
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