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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■夢の中では生きられない。
 これも書く時間がなくなって省略してたことなんだけれど、昨日、しげと私はちょっとした「実験」をした。
 ともかくしげには記憶力がない。更には目の前にあるものすら見えなくなってしまうこともしょっちゅうだ。日常生活を営む上で、これはかなり困った状況を生んでいるし、私のストレスにもなっているのだが、何しろしげ自身に自覚がないので、改善の余地がないのである。記憶力のない人間に「記憶力がないぞ」と指摘しても、記憶力がないので、そう指摘されたことも忘れてしまうのである。全く、どうどう巡りだ。
 どれくらいしげに記憶力がないか、ものが見えていないかを自覚してもらおうと、こういう実験を思いついたのである。
 まず、本を10冊用意する。その本を、相手の“見ている前で”本棚に戻す。その直後に、相手に本を探させてもう一度取り出させる。これだけだ。本は本棚の裏に隠すようなことはせず、背表紙がちゃんと見えるように置く。
 ウチの中がいくら「本の山」だとは言っても、居間だけなら、それほどたくさん本棚があるわけではない。八段ほどの本棚が壁に五個並んでいるだけである。しかも「ここに置くよ」といちいち示しながら置くのだから、普通の記憶力の持ち主ならば、まず確実に10冊全部を見つけ出すことができるだろう。しげと比較するために最初に私も「実験」してみたが、30秒とかからずに全ての本を取り出すことができた。
 いくらしげの記憶力がないと言っても、こんなバカみたいに簡単な実験なら、全部分かるに違いないとお思いだろうか。私がしげのことを散々貶していたのは文章を面白くするための誇張だろうとお考えだろうか。けれど、私はしげの健忘症についてはこれまで少しも大袈裟なことを書いたことはないのである。
 実験の結果、しげが覚えていたのは、10冊中、わずか4冊だった。私はしげが不利にならないようにと思って、私のときと同じ場所にあえて置いた本もあったのに、それも見つけられなかった。焦ったしげは、当てずっぽうで本棚を探しまくって、なんとか9冊までは「偶然」見つけられたものの、最後の1冊はタイトル自体思い出せなくなって、全く別の本を取り出してしまった。そのときには所用時間も5分近くもかかっていた。
 これで、しげの記憶力が「ちょっと忘れっぽい」程度のものではないことが、一つの数値として証明されたことになる。しげには「人並以下」のレッテルを貼り付けた格好になって、いささか酷ではあったのだが、ともかくこれまでは自分の健忘症がどれくらいひどいものなのか、しげは自覚しようともしなかったし、その場限りの言い訳ばかりしていた。しげが「5秒前に話したことさえ忘れる」のを私は何度も目の当たりにしてきたのだが、その事実を本人に告げても一切信じようとしなかったのだ。
 人は、時として自身の記憶すら操作する。思い出はあるときは美化され、あるときは忘却され、その意味を自分の都合のよいように改変させていく。他者がそのような記憶操作を行うことは客観的に認知できても、自分にもそれが起こっていることはなかなか認めることが困難だし、認めたくもないことである。大なり小なり、人はそういう心の病気を抱えているものだが、程度がひどくなればそれは「妄想」としか呼べないものになる。
 しげはしょっちゅう夢と現実の区別がつかなくなってしまうし、記憶の喪失の度合いは私との生活を脅かすほどに最近とみにひどくなりつつある。しげの妄想に振り回されるのは、私だけではなくなっている。もはや、しげが自分の心の病気から目を逸らすことを、これ以上、許してはおけない状況になっているのだ。

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03月28日(日)
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