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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■別れの謂れ/『おそろしくて言えない』1巻(桑田乃梨子)
 10月になった。

 西原理恵子さんは「10月には戻ってくる」とご自分のホームページ『鳥頭の城』に書かれていたが、覗いてみると、「日々マンガ」が更新されている。
 内容は、別れた御夫君に向けて、「お酒をやめて帰って来て下さい」と呼びかけているもの。
 なんかもう、私はこういうのは読んでてダメである。涙が堰を切ったように流れ出して止まらない。見も知らぬ作家さんのことを思って泣くというのも我ながら思い込みの激しいことであるなあ、と思うが、得てしてファンとはそんなふうに勝手なものである。

 離婚の原因は酒か。
 他にもいろいろあったかもしれないが、それ以上は詮索しなくてもいいことだと思う。酒が一番の原因というだけで、私は納得してしまう。

 私の父親も酒飲みだった。もともとたいして飲めないくせに、酒量は相当なものがあった。アルコール中毒にこそならなかったが、年を取り、糖尿病になって、足先が痺れるようになった。もっと長生きすれば、いつかは足を切断しなければならない事態になるかもしれない。

 私は酒好きを必ずしも嫌いなわけではない。
 笑い上戸に泣き上戸、やたら陽気に振舞う人もいれば陰気に沈んで愚痴ばかり言う人もいるが、宴会の雰囲気は好きだし、ああ、ここには「人」がいるなあ、と思えて、飲めないこちらも楽しくなる。たまに絡まれたりするのも程度が酷いものじゃなければ、そう悪い気もしない。「私の酒が飲めないってえ?」なんて言いながら酔っぱらった女の人にしなだれかかられたりしたら、困るけどまあやっぱり嬉しいものである。もっともそんな経験はないんだが。

 でも、あえて「事実」を言えば、酒飲みの8割は人としては屑だ。
 酒に呑まれずにほろ酔い加減で自分を抑えられる人などわずかしかいない。
 日頃の鬱憤を酒に甘えて吐き出し、ついでにゲロも吐く。他人の幸福を妬み、根も葉もない噂話に下品な笑いを浮かべる。時には暴力も振るい、家族を恐怖に陥れる。それでいて世の中の全ての悲しみ、苦しみを自分一人が背負っているような顔をするのだ。自意識過剰も甚だしい。
 いったい、彼らは何を思いあがっているのか。

 子供の頃、酔っ払った父と母がケンカしている声を聞きながら、無理に眠ろうと布団の中に縮こまっていた時のことを、今でも夢に見ることがある。
 病気にかかる以前から、私は酒を殆ど飲まなかったが、理由はそんな父を見て育ってきたからだ。
 酔いつぶれて、鼾をかいて寝ている父を見て、こいつさっさと死んでくれないか、それとも眠っている隙に首を絞めて殺してやろうかと思ったことは何度もあった。

 では、私は父を嫌いであったか。
 嫌いだったろう。今でも人間として誇れる人だとは思っていない。
 憎んでいたのか。
 憎んでいたと思う。今でも、根本的なところで、相容れないものを感じることがある。
 親子の縁を切りたいことは何度もあったし、仮に今切ったとしても、恐らくたいした痛痒を感じることはないだろう。
 しかしそれでも思うのだ。
 この人に、一番近い人間は私だと。血ではなく、心が。

 酒に呑まれなければやりきれなかった、そのころの父。
 自分の望んだ通りの愛情など得られるはずもないと思い切れるには、人にはあまりにも長い、長すぎるほどの時間が必要だったと思う。
 そして、諦めがついたからと言って、心が平穏になるはずもない。
 酒にしか逃げられない人間はいるのだ。
 そんな彼らに、「他に心を慰める方法がないのか」と問いかけることほど、無意味なことはない。

 けれど、そんなことが母への横暴への言い訳なるはずもないことも事実だ。だから父もやはり屑だったと思う。

 父は糖尿が悪化して、一時期酒をピタリとやめた。それは母が死ぬ、ほんの半年前のことだった。
 遅すぎたと思う。
 そして、母が死んで父はまた酒を飲み始めた。死に急いでいるのだろうが、私は酒を止めろと父に言う気は全くない。そういう道を選んだのは父自身の意志だから。
 父は酒に逃げて、どうしようもない道を歩いていた。


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10月01日(水)
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