ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491684hit]
■不明を恥じるハナシ/『ビートのディシプリン』SIDE2(上遠野浩平)
今敏監督の『千年女優』、ドリームワークスの配給で、“Millennium Actress”と直訳のタイトルで9月12日から北米で公開される。
公開自体はインディーズのようだから、たくさんの人が見るというわけにはいかないようだけど、どんな反響があるか、ある意味、『千と千尋の神隠し』以上に気になっているのである。
なんでもアメリカのアニメ映画関係者の間では評価が非常に高く、『千と千尋の神隠し』に続いて、2年連続で日本アニメがアカデミー最優秀長編アニメ映画賞にノミネートされる可能性まで出てきたそうな。ライバルは『ファインディング・ニモ』ってことになるのかな。
アカデミー賞というのは多分に会員の政治的姿勢が反映する賞なので、「去年は日本アニメが取ったから、今年は自国のアニメにしよう」という動きが出ておかしくない程度のものである。そういう事情を知ってると、別にアカデミー賞取ったって嬉しくもないよなあ、とか思ってしまうのだが、世間一般のイメージというものはまるで逆である。
去年の『千と千尋』でも、「日本のアニメが世界に通用するようになった」と、ちょっとでもアニメの歴史をかじったことのある者にとってはひどくトンチンカンな批評が出たように、アカデミー賞が世界最高峰の賞であるかのように錯覚している人間は腐るほどいるのである。だからあれは基本的にアメリカ中心の賞で、ベネチアやカンヌみたいな国際映画祭じゃないでしょうが。何で「三大映画祭」なんて言い方するんかね。
でも「錯覚」だろうとなんだろうと、評判は評判である。とりあえず作品が売れ、多くの人に見られないことには、評価だって付いてはこないのだ。『クレヨンしんちゃん』がオタク以外に評価されるまでに、いったい何年を費やしたか。
『千年女優』を私は強く評価はしていないし、どこにどう欠点があるかは以前事細かに書いたこともあるのだが、それとても人が見ていないことには「ふーん」で終わってしまう。「アンタはここがこうイカンと書いたが、私はここがこうイイと思う」という批判だって、まずは作品を見てからでないと言えることではない。評判・実見のきっかけになるのなら、虚飾もまた可としなければなるまい。虚飾を暴くのは、見てもらってからでも遅くはない。
ああ、でも未見の人にこの映画を見てもらうことを考えれば、もちっと誉めときゃよかったかなあ、ともチラッと思う。でも誉めるときには徹底的に誉めないと興味を惹いてもらえないし、貶すときにも適当にどっちつかずの批判をしちゃうと、「つまんないなら見ないでいいか」と読む人に思われてしまいかねないのである。「ここまで貶すんならかえって興味が湧いたぞ」と思わせるくらいゲキレツに書いた方がいいんだが、どうもそこまで作品を突き放して貶したくはないなあ、という心理がどうしても働いてしまうのだ。
だから改めて書くけれど、『千年女優』は欠点だらけの作品で、それは決して瑕瑾とは言えない。でも、これは、日本映画がかつて取り上げたことのない題材を扱った作品であることに間違いはない。まずは見るべし。と、これだけは言っておこう。
『トリビアの泉』第29回、ゲストには伊武雅刀と古手川祐子。これまでで一番華やかなゲストって気もするけど、まあこの番組ではたいした意味はない(^o^)。ああ、この人のツボはこれか、ってとこが分かる場合もあるけど、たいていは「あれ? そう言えばその人出てたよなあ?」という印象で終わることの方が多いし。
[5]続きを読む
09月03日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る