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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■それはそれなんだってば/『プラネットガーディアン』1〜3巻(高坂りと)/『サトラレ』4巻(佐藤マコト)
追い山(山笠最終日)だけど、今年も長雨のせいで、山笠廻りができなかったなあ。結局、見られたのは博多駅前のやつだけ。
『金色のガッシュ』はそれはそれは悲惨な出来でございました。いやもう等身違うし、どの人形も顔が殴り描きでぜんっぜん似てねー。あれは元絵が落描きなみだという皮肉のつもりかね。
写真はこちら↓。
http://www.rakuten.co.jp/meigetsudo/423266/423242/
ガッシュの隣にいるの、誰だよ(-_-;)。
福岡にいると学会員、写真に収めてと学会で発表すりゃいいと思うんだが、クレームが怖いのかな?(^_^;)
俳優、坂口祐三郎さんが、13日、脳幹出血のため死去。享年61。
テレビシリーズで主役を張っていながら、その後、私たちの前からほぼ完全に消えていってしまう役者さんたちがいる。
『隠密剣士』『月光仮面』の大瀬康一さんなどはその典型的な例で、昭和30年代を代表するテレビシリーズ2本に主演していながら、その後は散発的にドラマにゲスト出演したあと、隠退してしまった(現在は杉並区で貸しビルのオーナーをされているそうである)。
こういう場合、たいていは「ヒット作の役のイメージが強過ぎて、仕事が来なくなった」と説明される場合が多い。それを嫌って、それまでとは全く違う役柄、例えば悪役や汚れ役に挑戦したり、舞台にその活動の場を移す方も大勢いらっしゃる。『ウルトラマン』の黒部進さんや『キャプテンウルトラ』の中田博久さんは、ひところは時代劇の悪役ばかりされていた。
坂口祐三郎さんも、『仮面の忍者赤影』のあと、ブラウン管から全くと言っていいほど姿を消してしまっていた。
たまに『水戸黄門』に水戸綱条(黄門の養子)役で顔を見せたり(これも柳生博さんに代変わりした)、『人造人間キカイダー』にゲスト出演してゴールドウルフ(原作のゴールデンバットに当たる)を演じたりしていたが、さて、どれだけの人がそれを坂口さんだと認識していたろう。
坂口さん自身もよくインタビューや著書などで、「赤影のイメージが強く、仕事が来なくなった」旨の談話を語っているのだが、果たして本当にそうだろうか。私はそれを随分長いこと疑っているのである。
というのも、『赤影』の場合、坂口さんは殆どその素顔を仮面に隠して晒していない。第1部「金目教編」で、傀儡甚内に「忍法顔盗み」で素顔を移されたときにチラッと素顔を見せたくらいで、ほとんど一年間、仮面をつけっぱなしであった。これでどうして「イメージが固定する」と言えるだろうか?
大学の頃、片岡孝夫(片岡仁左衛門)のファンだという女の子がいて、「私、片岡さんは『赤影』の頃からファンなんだ」と言い出したことがある。はて、片岡孝夫が『赤影』に出演してたっけか、と私は首を捻ったのだが、その子が更に「何言ってんの! 主役じゃない! 一度だけ素顔を見せた時の美しさったらなかったわ!」と怒鳴ったので、「……『赤影』の主役は片岡さんじゃないよ、坂口祐三郎さんって人だよ」と言ったら、「えええ! うそ! 顔、同じじゃない!」と驚いていた。
そのころ片岡孝夫はテレビの『眠狂四郎無頼控』に出演していて、吊り目にメイクしていたから、まあ坂口さんに似ていると言えなくもなかったが、やはり別人である。まあ、彼女の場合は特殊であるだろうが、坂口さんの顔がそんなに世間に浸透していたとはとても思えないのである。
『赤影』のテレビ放映が1967年4月から68年3月まで。その直後に坂口さんは芸名を「坂口徹」に変更している。1969年7月公開の坂口さん唯一の主演映画、『飛び出す冒険映画 赤影』のクレジットは「坂口徹」だ。「赤影」のイメージを払拭する意図だとしても、翌年とはいささか早い。本当に全く仕事が来なかったというのは事実なのだろう。けれど私はそれは「赤影」出演とは何の関係もないと考えている。
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07月15日(火)
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