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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ある正義の死/『日本庭園の秘密』(エラリィ・クイーン)
実は今日は、前に書いた、「余興」を披露する日であった。
まあ、詳しいことは職場の内部事情に属することなので(ホントかよ)ちょっと書けないんですが、やや物議を醸しちゃったようです。バカやり過ぎたんですね。若い連中にはウケてましたが。
いや、たいしたことはやってないんですよ、コスプレして「白鳥の湖」踊っただけですから。白鳥の首が腹んとこからニョキッと生えてたのがまずかったのかなあ。あくまで腹の上で腹の下じゃあないし、腰も動かさなかったんだけど。
まあ、職場に対するストレスが溜まると、たまにこういうバカもやりたくなるってことで。
しげが父に低反発枕をプレゼントに買っていたので、父の店に行く。
プレゼントを渡してすぐに帰るつもりが、ちょうど店がヒマだったので、散髪させられる。
散髪中、二人して北朝鮮の悪口などを言い合う。相変わらず口さがない親子なんである。
帰りしなに明後日の夕食に誘われる。さあ、これで一食分、お金が浮いた。これなら明日、しげを誘って映画に行けそうである。
俳優グレゴリー・ペックが昨12日に老衰で死去。享年87。
厳密に言えば私の両親の世代のスターなので、私自身はそれほど思い入れはないのだが、それでも片っ端から映画を見てれば自然と10本以上は彼の映画を見ることになる。リアルタイムで見た最初の映画は『オーメン』だろうが、これとてもう27年も昔の映画だ。当時、名優グレゴリー・ペックがこんな安っぽいホラー映画(あくまで当時の第一印象です)にも出るのか、と驚いた記憶があるから(あるいはそれは母の述懐であったかもしれない)、それ以前に名前くらいは知っていたのだろう。少なくとも『ローマの休日』はもう見ていたと思われる。
ところがその誰もが名前を挙げる『ローマ』にしたところで私の関心は専らオードリー・ヘプバーンに向いていたし(男ならたいていそうであろう、あとは脇役でカメラマンのエディ・アルバートが好きだったね)、初期の『白い恐怖』はイングリッド・バーグマンの美しさに専ら見惚れていた。晩年の『私を愛したグリンゴ』に至っては、ジェーン・フォンダのヌードしか覚えていない(^_^;)。
いかにもヒーロー然としたペックの風貌と演技には、女と悪役を偏愛する私には引っかかるものがほとんどなかったのだろう。もちろん「そういう人」がいなければ映画が成立しないことは承知していたのだが。
確かにカッコイイ人ではある。『ローマの休日』のラストシーンで、ポケットに手を突っ込んで無造作に去っていく彼をアオリのアングルで捉えたときの「足の長さ」はえらく印象に残った。アレが「長い足はカッコイイ」ということを私に認識させた最初の記憶ではなかったか。
足の長さに反発したわけではないが、アメリカ流の正義とか民主主義とかに子供の頃から反発みたいなものを覚えていた私にしてみれば、彼の「カッコよさ」にも何かしら欺瞞のようなものを感じていたのだと思う。もちろん、私生活では敬虔なクリスチャンであった彼自身はきっと誠実な人だったのだろうが。
同じくアメリカの民主主義を代表しているように見えても、どこかイラついてて腺病質に見えるジェームズ・スチュアートや、無骨で融通の効かなそうなヘンリー・フォンダの方が私の好みだった。その点、ペックはいささか「カッコよ過ぎ」たのである。
そう言えばある掲示板で、ペックを追悼しながら、その代表作として、『ローマ』のほかに『めまい』や『北北西に進路を取れ』を挙げている人がいた。しかもその掲示板の誰一人としてその間違いを指摘していない。若い人なんだろうが、ちょっとこの間違いはひど過ぎないか(念のために書いておくが、『めまい』の主演はスチュアートで、『北北西』はケイリー・グラントである。始終スケベったらしいグラントと間違えられるとは!)。
けれど、ちょっと冷静になって「いかにもヒーロー」なペックのアメリカ映画における立ち位置を考えてみると、この勘違いも仕方がないようにも思えてくる。ヒーローを演じようとしてもどこか滑稽に見えてしまうジョン・ウェインには彼は決して間違われないのだ。
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06月13日(金)
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