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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■パニック・イン・トキオまたはJ○A金返せ凸(`0´)凸/舞台『愛とバカユージ』
 雨こそ降っていないが、朝からどんよりである。うう、今日はいよいよ東京行きの当日だってのになあ。
 私もしげも、雨男・雨女とまでは言わないが、旅行中に雨に降られることは結構ある。私は土砂降りででもない限り、雨降り自体はそんなに気にならないのだが、ともかくしげが傘を差したがらないのが困るのである。雨で体が濡れるより、傘を差すほうが面倒臭くってイヤだと言うのだが、そこまでせっかちなのも周囲に気を遣わせるばかりだし、やめてもらいたいんだがなあ。

 曇天を眺めながら、ふと、もう30年も昔のイヤな記憶を思い出してしまう。
 小学校の修学旅行のバスの中、やはりそのときも雨に降られていた。篠突く雨、というほどではないが、外を出歩くのにはやはり躊躇せざるをえない程度の降りだ。何気なく、「ぼく、外に出るとよく雨に降られるんだ」と呟いた。
 途端に、前の席にいた友達が「こいつ、雨男だ!」と叫んだ。全員ではないが、結構な数のクラスメートが、私の方を振り向いた。その目はみな、私への非難の色に満ちていた。
 まあ、私もクラスの中であまり好かれていた方だとは言えない。昔からリクツっぽく、歯に衣着せぬモノイイをする方だったので、「でしゃばり」と見られていたのは確かだからだ。
 しかし、私がそのとき驚く、というより呆然としてしまったのは、雨天のためにいくら不自由を強いられているとは言え、その憤懣を「雨男」などという非科学的な迷信に帰結させて誰かに責任を取らせたがった、その心理にである。私に対して「ナマイキなヤツ」という印象を持っていたとしても、そんなくだらない、明らかに偏見としか言えない理由で人を憎める、というのが私には信じられなかったのだ。
 そのときの私はどう反応すればよいか分らず、ただ俯くしかなかったが、「雨男だ!」と叫んだ友達も私が悔しがってるとでも判断したのだろう、それ以上はからかうことをしなかった。
 オトナになって、人には自らを慰めるための「偏見」もまた必要なのだなあ、と思うに至って、あのときのクラスメートたちの理不尽な視線も許せるようになった。まあ、怒ってたわけではないから。
 それ以来、ずっと許し続けてる気がする。

 「私は天気を自由に操れるんですよ」と称する人と知り合いになったことがある。
 「明日の天気を自由にできるって言うんですか?」
 「できますよ」
 「それは何かこう……念力とかで?」
 「ええ。信じないんですか?」
 「いえ、信じる信じないではなくて、どうしたらそういうことができるかなあって……」
 「やっぱり信じてないんですね。そんなことはありえないって頭から否定するんですね」
 「……ああ、泣かないで下さい。凡人にはなかなかそういうことは信……ピンとこないものですから」
 「じゃあ、信じてくれるんですか?」
 「明日、ちょっと遠方に出る用事があるんですが、晴れにできますか?」
 「『できますか』って……やっぱり信じてないいい!」
 「ああ、信じます信じます。明日、晴れにしてください」
 もちろん、次の日は雨であった。一応、その人を信じることにして傘を持っていかなかった私は、ぐっしょり濡れネズミになった。
 そしてさらに翌日。
 「昨日はどうでした? 雨は降らなかったでしょう」
 「ええ、降りませんでした。ありがとうございます」
 直前まで、正直に「思いっきり濡れちゃいましたよ」と言おうかどうか迷ったのだが、その人の顔を見たら、何も言えなくなった。

 なんだか、雨に関してロマンチックな思い出がないなあ。


 午前中は大仕事。12時には終わる予定が、長引いて1時を回っても全然片付く気配がない。
 飛行機の出発時刻は2時半なので、このままでは乗り遅れてしまう。気ばかり焦るが、焦ったところでどうにかなるものではない。ようやく仕事にひと区切りをつけて、職場を出たのが1時半。外はやはり雨になっていた。
 バスを使っていては、到底空港に間に合う時間ではない。しげは空港でいい加減、痺れを切らせているはずである。

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03月01日(土)
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