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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■「歩き目です」(^^)/『名探偵コナン』40巻(青山剛昌)/『浪費バカ一代』(中村うさぎ)/『コレデオシマイ。』(山田風太郎)ほか
 韓国・大邱(テグ)市の地下鉄放火事件、死者は結局53人に登ったそうな。
 ……さほど満員でもなかったはずなのにちょっと多いすぎるんじゃないか。
 安全管理がもちっと何とかなってりゃ、ここまで被害は増えなかったろうって意見は多いようだけれど、それは確かに間違いないところだろう。ニュースを見てると、あそこの地下鉄の建材、「どうぞ燃やしてください」と言わんばかりの材質だったらしいし。
 でも、いくら耐火建材を使ったり、駅員を増やして安全対策を取ったりしても、基本的に地下鉄って密室なんだから、死者ゼロってわけにはいかないだろう。っつーか、地下鉄に限らず、バスも電車も飛行機も船も、いや、乗り物だけではなく、ビルだのビルだのビルだの(^^)、ありとあらゆる建造物は近代化されるたびに「密室化」されていっている。時と場所を選んで、その気になりさえすりゃ、大多数の人間をいくらでも巻き添え食らわせて、監禁したり殺戮したりが自由な状況になってしまっているのだ。
 こういう「近代的」犯罪の何が怖いかって、「家」の「安全性」ってのが、もともとは「外敵から身を守る」目的であったのに、気がついてみたら、「内部に敵がいた」からなんだね。
 子豚さんたちが、一生懸命レンガの家を作ったら、狼さんはいつのまにか中に入ってて、逃げられなくなった子豚さんたちはみんな食べられてしまいました……ってヤなたとえだなあ(ーー;)。
 でもおかげで最近は映画のネタには事欠かない(^_^;)。
 今、考えてみたら、『七人の侍』なんてのはのどかなものであった。冒頭、盗人が立てこもったのはたかが一軒の百姓家だし、人質に取ったのも赤ん坊だけ。盗人役がそもそも東野英治郎だから、そのスローモーションもどこか滑稽。
 それが今や、『マシンガンパニック』(新しくないか)だの『ダイハード』だの『スピード』だの『エアフォースワン』だの、場所はデカくなるばかりだし、人質の数は増えりゃ増えるほどいいし、何人かは人質にも死んでもらわなきゃならないって、まるで規則で決まってでもいるみたいに安易に殺されていく。
 いや、フィクションの中で大量に人が死ぬのを不謹慎だと言いたいわけじゃないよ。虚構はあくまで現実の鏡であるので、たとえそれがエンタテインメントであろうと、それは現実への警鐘となるってこと。近代化が便利なのは分るけど、こんな事態になったらどうするの? と社会に問題をつきつけることだって、フィクションにはできるのだ。

 今日になって、放火容疑で拘束された無職の男(56歳だってよ)が、犯行動機は「一人で死ぬのは悔しいので他の人たちと一緒に死のうと考えた」って供述を始めたらしい。男は身体障碍を抱えていて、「手足が不自由になり前途を悲観して今回のことをやった。こんなふうに生きても仕方ない、死ぬ方がましだと考えた」と語ったんだとか。
 ……一人で死ねや(--#)。
 こんな下らん理由で、しかもたかがガソリンにちょっと火をつけただけの楽な行動で、人が56人も死ぬのである。
 アンタねー、「津山三十人殺し」の犯人があれだけの人間を殺すのに、いかに時間をかけて頑張ったか(^_^;)。人の命を取ろうってのに、近代社会以前ではそれなりの努力が必要だったのである。
 もーね、安全対策を本気で考えるなら、ただ防衛に徹するってんじゃなくて、相手はもう無差別に人を殺そうってんだから、犯人にもそれ相応の努力を強いられるようにするって発想を盛りこまないといけないんじゃないか。
 火気を察知した途端に釣り天井が落ちてくるとか(客も死ぬって)。
 具体的には警備員を雇ってボディーチェックを地下鉄でも行うとか、そういうことしかできそうにないけど、それも人件費がかかっちゃうんでできないとか、現実的な障碍があるんだろうなあ。結局は「何があっても仕方がない」って覚悟で生活するしかないんだろうね。


 そういう騒動があったということを私は全然知らなかったのだが、「ほび〜しょっぷ・デジラ」というところが販売していた「目玉おやじキット」が、レゴジャパンからの要請を受けて、販売休止に追いこまれていたのが、このほど販売再開になったとか。

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02月20日(木)
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