ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■事故の顛末(^o^)A/『偽史冒険世界』(長山靖生)/『ハプニングみたい』(いとうせいこう・岡崎京子)ほか
 16日の日記の続き。

 13日以降、あの掲示板のトンチンカンな定連さんにやっぱり愛想をつかした鍋屋造物さんがウチの掲示板に遊びに来るなどの経過があったが、昨、15日になって、また新しい動きがあった。
 またもやアクセス解析から、2ちゃんねるに宇津見さんへの悪口と一緒に、ここのURLが貼り付けられていることが分ったのである。
 「名無しさん」の仕業であるが、十中八九、山本さんとこの定連さんの誰かの仕業であろう。

 しかし、私は今度は逆に感心してしまった。
 私は自分のところの掲示板については山本さんのところのようにルールを細かく決めていくつもりはない。それは各人の良識に任せるということでなく、私への悪口や中傷も甘受する、という意味だ。そしてその旨を、ここの掲示板のトップにも掲げている。
 ところが、この2ちゃんねら〜は、私たちの一連の書きこみに対する批判(悪口かもしれないが。それはどっちゃでもよろし)をするのに、ウチの掲示板への「乱入」や「荒らし」という形を取らなかったのだ。2ちゃんねら〜に呼びかけて、そこで宇津見さんとのヤリトリについて叩くことを選んだのである。
 これは実に潔い選択ではないか。2チャンネルというところは、そういう場外乱闘に最もふさわしい場だ。何を書きこんだところで「荒れる」ことにはならない。
 実はこの定連さん(と断定はできないが)、あるべき論争の姿というものを、一番熟知しているのではないか(まあ、ただ単に私のような無名人のサイトで暴れたって面白くも何ともない、と考えただけかもしれないが)。

 私もこのへんで、これまでの一連の騒動の「本質」を、ちょっと分析してまとめておいた方がいいだろう、と考え、また、自分の「姿勢」も明確にしておいたほうがいいと判断して、鍋屋さんへのレスという形で掲示板に次のような書き込みをした。

>「世の中にはトコトン真面目な方が多数いらっしゃって、何か問題が起こったときに、『これは自分がなんとかせねば』とお考えになる気持ちはわからなくもない。いや、その『正義感』そのものは立派なものでしょう。
 ただ、その主張がいかに『正論』であろうと、相手が別の『正論』を持っていれば平行線にしかなりません。マジメさん同士がぶつかればもう、事態はわやくちゃになっちゃいます。」
>「また、注意された相手が自分の方が悪かったのだと気づいても、『マジメさん』の『優等生ブリッコ』に反発してしまう、ということもありうる。いや、本人に『優等生』のつもりがなくても、そう『受け取られてしまう』ということですね。『てめえ、何様のつもりだ?』っていう反応が起きてしまうわけです。これは注意をする際にコトバを丁寧にすればするほどかえって『慇懃無礼』ととられてしまうことが往々にしてあります。」
>「相手のメンタリティを無視して『正論』をぶつけても、それが伝わらないんだってことは、相手に理解能力があるかないかを判断する以前に把握しておかなければなりません。日常生活だと相手の顔も見えますし、立場もわかりますから、そのあたりの加減が出来るのですが、ネットでそれを行うのは極めて困難です。」
>「例えば、この書きこみ自体、私にそんな意図がなくとも、鍋屋さんに『生意気なやつだ』と思われるかもしれない。そう疑われたくなくとも、絶対に疑われないなどという確信は持ちようがない。しかし、初めから諦めていてはモノ自体が言えない。だから何をどう語ればいいか模索しながら書く。その上で批判を受けたらそこでまた考える。その程度の覚悟がなくてはネットで文章を書く、主張をする、ということはできないことでしょう。」

 ピュアな方が読むことも念頭に置いているので固っ苦しい書き方になっているが、要するに「ネットに必要なのはルールやマナーじゃなくて、『覚悟』だ」ってことだ。それさえあれば、ルールはそれなりのものが自然に生まれてくる。
 無法地帯のように喧伝されることの多い2ちゃんねるにすら、極端な「逸脱」をセーブする機能が自然に働いていたのだ。

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02月17日(月)
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