ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491698hit]

■絆創膏綺譚/『逆説の日本史7 中世王権編』(井沢元彦)/『魔法使いさんおしずかに!』1・2巻(竹本泉)ほか
 NHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』に出演中の歌舞伎役者・市川新之助に隠し子がいたことが発覚。
 相手はTMネットワークの木根尚登プロデュースで、サッポロビール「夏の海岸物語」やP&G「ウィスパー・サイドガード」のCMにも出演していた元歌手の日置明子さんだって。全然知らないな。
 記者会見で新之助さんが正直に「僕の子供です」と認めてる様子がテレビに流れてたけど、あの額のバンソウコウはなんなんだ。そっちのほうが気になるぞ。。
 なにしろバンドエイドみたいにデカイものじゃなくて、随分小さいのである。ニキビだろうか。あんなに小さいんなら、別につけなくてもいいんじゃないかと思うが、小さくても赤黒くなってるとか、うっかり潰してポチになってるとか、ともかく地肌のままで人前に晒すことだけはは絶対にしたくない、という強力な意志があのバンソウコウには込められているのであろう。役者生命をあのバンソウコウに賭けているのである。凄いぞ歌舞伎界。
 でもすぐに剥がれ落ちそうだよな(^o^)。
 新之助さんの答弁が今一つ要領が悪かったのは、バンソウコウが取れやしないかと気をとられてたせいじゃないかと思うが、いかがですか。
 え? バンソウコウのことばかりでかくし子についてはどう思うかって?
 そんな、知り合いでもない他人の家に、ガキが何人いるかなんて、そんなことに貴方、興味持つんですか。


 CS日本映画専門チャンネルで安彦良和監督作品『クラッシャージョウ』を見る。
 公開当時、松竹映画始まって以来の前売り販売を記録したにも関わらず、いざフタを開けてみたら前売り買った人間しか劇場に足を運ばなかったというイワクつきの作品だ。
 これを見て、「高千穂遙は『SFの定義は……』とかウンチク傾けてるくせに、できたのはコレかよ」と文句をつけるファンもいたけれど、高千穂さんによれば『ジョウ』はSFでも「スペオペ」なんで、いい加減な部分があってもいいらしい。だからって、「琴座宙域」なんて言い方するなよな。宇宙に出れば星座はバラバラになることくらい、小学生でも知ってるぞ。
 高千穂さんのテキトーなところ、『ジョウ』についてはあまりうるさく言わないくせに、『ダーティペア』劇場版は「SFじゃない」と怒ってたりしてたんだよ。あれはスペオペじゃなくてハードSFだとでも言うつもりかね(^_^;)。
 でも悪態ついてもSFかどうかを抜きにしても、『クラッシャージョウ』はかなり、面白い。それは本作も含めて、『ジョウ』シリーズがSFであるとと同時にミステリとしての構造も持っているためで、「エレナ」の正体が明かされるのもかなり後半だし、当然マーフィーパイレーツの背後には「黒幕」がいるのである。ラストのジョウの黒幕への尋問は、さながら遠山の金さんか多羅尾伴内である(明智小五郎とか言ってやれよ)。
 主人公が事件に巻き込まれた後、探偵役を務めるようになるこの形式、読者や観客をぐいぐい引き付けるものだから、今ではライトノベルの多くが採用している。本格ミステリほどにはトリッキィな印象はないけれど、「謎」がマクガフィンになっていることは事実なのだ。『スレイヤーズ』の「すぺしゃる」もこのパターンを使うことが多いよね。

 それにしても、ライトノベルがこれだけ氾濫している現在の眼からは、高千穂遙の作品がどうして映画化にまで至ったのかピンと来ない向きもあろう。
 答えは簡単、「ほかにヤングアダルト向けの軽いSFがなかったから」。
 いやホント、80年代のスペオペって、高千穂遙の『ジョウ』『ダーティペア』に、野田昌宏大元帥の『銀河乞食軍団』くらいしかなかったんだよ。アチラには『キャプテン・フューチャー』や『レンズマン』シリーズのようなスペオペの伝統がちゃんとあるのに、日本人はなぜかスペオペだけは書いて来なかったからねえ。ジュブナイルでならその例もあったんだけれど、「オトナのおとぎ話」としてのスペオペは、やっぱり『スター・ウォーズ』ブームを待つしかなかったのだ。

[5]続きを読む

02月13日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る