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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■見た、読んだ、食った、太った(^_^;)/映画『今宵ひと夜を』/『仮面ライダーSPIRITS』4巻(石ノ森章太郎・村枝賢一)ほか
 またもや寝過ごして、日曜の朝のアニメその他の番組を見られなかった。
 仕方なく(と言うのもヘンだが)、CS日本映画専門チャンネル(長いなあ、省略した呼び方はないものか)『今宵ひと夜を』を見る。
 昭和28(1953)年度の芸術祭参加作品、とタイトル前にクレジットが出る。記録を見ると実際の公開は翌年の2月なので、あわよくば「受賞作」という振れこみで上映したかったのが、受賞を逸しちゃったんでしょうがなく「参加作品」ということだけで売ったものか。
 原作は広津和郎の『入江の町』で、昭和24(1949)年に小津安二郎が同じ広津和郎の『父と娘』を原作として、名作『晩春』を撮っているから、その顰に倣ったものか。ただ、もともと広津和郎の小説は「心境小説」と呼ばれるくらいに登場人物の内面描写に拘っているものが多く、ハッキリ言っちゃえば相当辛気臭いのである。小津安二郎も『父と娘』を「映画」にするために随分脚色をしたようだ(原作は随分前に全集か何かで読んだ記憶があるが中身は全く覚えてないのでこんな印象しか書けません)。だいたい、娘がファザコンでなかなか結婚しないってだけの話だし。逆に言えばたったこれだけの物語を見事に「映画」にしてしまった小津の天才が光っていると言えるのである。
 で、驚いたのがこの『今宵ひと夜を』で、監督の千葉泰樹、まるでミニ小津とでも言いたいくらいに小津演出を踏襲……と言えば聞こえはいいが、ハッキリ言ってほとんど模倣じゃないかと言いたくなるほどによく似た画面造りをしているんである。つまり、ローアングルなカットとか、人物の真正面からの切り替えしとか(^_^;)。でもそんなことしてちゃ、受賞はちょっと難しいよねえ。
 しかも主演のお美代を演じている三浦光子、宿屋の飯盛り女中役なんだけれど、ほとんど演技が蓮っ葉な芸者って感じで(当時の田舎の女中にはそんなのが多かったのかもしれないけれど)、芝居の深みで見せるって感じになっていない。真正面からこれを見せられ続けるのはちょっとキツイぞ。
 それでもドラマとしては『晩春』よりこの『今宵』の方が随分複雑である。複雑と言っても、今の目で見るならやはり随分あっさりしているのだが。『入江の町』という原作は全く知らなかったが(Google検索してもヒットしない。どうやったら読めるのだ)、「寿屋」という宿屋の女中三人を主役に、それぞれの幸せを求める様を、ある者は叶えられ、ある者は裏切られ、という形で描く。彼女たちの求める「幸せ」が、結局は「男にこの境遇から連れ出してもらうこと」であるのは時代かそれとも田舎町に対する揶揄なのか。
 お美代(三浦光子)は、惚れっぽい性格から、何度も男に裏切られている。今度も小泉(中村伸郎)という男にくっついて、この町を出て行ったのだが、案の定、男には本妻がいて(中村伸郎を見れば、ひと目でこいつは信用できないと分りそうなものだ……ってムリか)、傷心のうちに町に戻ってくる。ところがそこで宿の息子・清一(中山昭二!)にまた惚れるのだが、自分みたいな汚れた女が、と思いを口に出すことができない。
 まだ女中を始めたばかりのお春(八千草薫)も、清一に憧れている一人だが、酔客に絡まれて逃げ出したところを清一にかくまわれ、そこで関係を持ってしまう。てっきり思いが叶ったものと喜ぶお春だが、清一はまだ学生の身、結婚などは思いも寄らない。お春との関係は、大学休みの間だけのただのアバンチュールだったのだ。休みが終わればお春のことなどうち捨てて、さっさと大学に戻ってしまう。
 唯一幸せになれたのがおしま(東郷晴子)。ドサ回りにやってきた歌舞伎役者の市村右左衛門(モデルは市村羽左衛門だろうね。でも演じているのは澤村国太郎)と同じ満州帰りということで意気投合して、「迎えに来るから」という彼の言葉を信じて、ただひたすら待つ。そして本当に右左衛門はおしまを迎えにやって来るのだ。
 三本立てのドラマを一気に見られるのが売り、というところだろうか。でもちょっと定番過ぎて、印象は今一つである。だもので、興味はどうしても細部に行く。
 右左衛門を演じる澤村国太郎は、もちろん、長門裕之・津川雅彦のご父君である。お顔がちょうどこの息子二人を足して2で割ったようなのが面白い。

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02月09日(日)
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