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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■敬三の乗る船/映画『シミキンの無敵競輪王』/『ワンピース』27巻(尾田栄一郎)
 スペースシャトル・コロンビア号の空中分解事故の後追いニュース、段々矮小かしてきている。
 米連邦大陪審が5日、コロンビアの地上に落下した破片を盗んだとして、窃盗罪でテキサス州東部の住民2人を起訴したとの報。
 「記念」に取っておくつもりだったのか、どこぞで売りさばくつもりだったのか、事情は明かされてないが、どうせ世間の「良識派」の人たちは「人が死んだというのに、なんという不謹慎な」と怒るんだろうね。
 もちろんそれは「正論」であるし、別にそういった意見自体に反駁するつもりは全くないのだが、ただ誰がどの口でそれを言うかな、とは思うんである。
 みなさん相変わらず「冥福」祈りまくってますけどねー、祈ってるだけなんだよねー。チャレンジャー事故のときもみんな祈りまくってたけれど、それで何かが変わったかね。「祈り」ってのは自分で考えることを放棄してる行為でしょ? 「自分以外の誰か」に頼ってるだけだよね? イヤな言い方になるけどさ、祈ってることで事故について考えることをやめちゃう人がほとんどだったんじゃないの?
 伊丹十三が『お葬式』を作ったときに言ってたけどさ、「葬式」って、死者を悼むためのものじゃなくて、集まった人たちの人間関係を再構成するためのものだってんだね。それは実感するよ。死者について泣くことだって、結局はその人の存在を過去に押し流すための作用なの。
 ここで、安易に祈るだけの人を私が批判しようと思ってるわけじゃないってことはちょっと強調しておきたいね。だって、実際、シロウトは祈って忘れることしかできないでしょ? NASAに今後の改善について建設的な意見が言えるわけでもなし。ただ、こないだも書いたことだけどさ、それは事態を傍観するしかないってことだから、ヤクザに絡まれてるねーちゃんを助けないってことなんだってことは自覚しとこうよってことなの。
 野次馬根性と対岸の火事を決めこむことしかできない人間ばかりだってのに、誰に今回の犯人を「盗人」と非難できるのかね。
 いやね、こんなどーでもいいことまで(多分こっそり破片を拾ったやつなんてもっとたくさんいるはずである)ニュースにしてるマスコミ自体、今回の事故をどんどん風化させていくことに大きな一役を買ってるんだよ。所詮は他人事のスタンスなのよ。
 でもさ、破片が人体に及ぼす悪影響も懸念されてるってことだからさ、いっそのこと、未知の病気が流行するようにでもなれば面白いと思うけどね。そうなったら、他人事ではすませられなくなるよねえ。祈ってる余裕なんてなくなるよねえ。日本人の「祈り」の正体なんて、その程度のものなんだよ。


 朝からCS日本映画専門チャンネルで『シミキンの無敵競輪王』。
 もう「シミキン」が誰かってことから説明しないとわかんない時代になってるんだよなあ。と言っても、私も知識として知ってるだけで、実際に映画に出てるのを見たのはこれが初めてだ。
 清水金一、というのがフルの芸名。浅草オペラの清水金太郎、続いて柳田貞一の門下となり、戦前から喜劇役者として活躍した。エノケンは兄弟子にあたり、映画での共演もいくつかありはするが、後、森川信の「ピエル・ボーイズ」に参加した後、古川緑波の「笑の王国」に加わる。戦後は主に堺駿二と組んで(すぐに喧嘩別れしたらしいが)30本以上の映画に出演、子供たちのアイドルとなった。
 全盛期の人気は、エノケン・ロッパを凌ぐほどだったらしいが、1950年代に入ると人気は下降。本人の性格の悪さも祟ってか、晩年は不遇だったようだ。昭和41(1966)年死去。
 『無敵競輪王』は1950年の制作、堺駿二とのコンビを解消した直後で、シミキン最後の主演映画。柳家金語楼・渡辺篤・小林十九二・三木のり平・朝霧鏡子が共演。脚力だけが自慢の貧乏学生が競輪選手として成功するまでを描いた、そう面白くもない喜劇。シミキンという人はタレ目で面長、茫洋とした表情の人だが口跡はハッキリしている。今見るといかにも善人っぽくはあるが、そう体技にキレがあるわけでもなく、どうして爆発的人気を誇っていたのか、この一本だけでは判断できない。

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02月08日(土)
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