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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■海馬って記憶中枢のことだよ/DVD『ガリバーの宇宙旅行』/『わんわん忠臣蔵』/『あずまんが大王』三年生(完結)ほか
 体調崩したままなので、映画見に出かける予定だったけれど中止。
 気がついたら、今年はまだ映画館に一度も足を運んでない。こういうのも珍しいなあ。もっとも相変わらずDVD買いまくりはしてるんで、映画見てないわけじゃないんだけど。
 朝、ウッカリ早く起きちゃったので、昨日買ったばかりのDVDを立て続けに見る。東映動画系の長編作品はできるだけ全部揃えたいんだけど、量が多いのでチビチビとしか買えない。
 それにしても、版権の関係なんだろうけれど、アニメ版『ひょっこりひょうたん島』が未だにソフト化されてないってのは、歴史的損失だと思うぞ。権利関係には厳密に、って各方面の意向が分らないわけじゃないけど、作品ってそもそも誰のものだ。客のものじゃないのか。


 DVD『ガリバーの宇宙旅行』。
 昭和40年制作の東映長編動画シリーズ第8弾にして、初の宇宙冒険モノ。
 本公開のときには見に行ってなくて、3、4年後にどこぞの公民館かどこかで巡回上映やってたのを見たのが初見。おそらくは昭和43、4年頃。幼稚園か小学1年生くらいだったろう。
 今、これを見た人がテンポがたるいなあ、とか感じるかもしれないが、当時の小学生の感想でもそんなもんだった。名作『長靴をはいた猫』を見たあとだったから、余計にそんなふうに感じたのかもしれない。
 だいたいタイトルに『ガリバーの』と付いているが、ガリバーは脇役で、主役は孤児のテッド少年なのである。「カンバンに偽りアリじゃん」と、小学生からバカにされていたのだから、やはり子供をナメたような映画造りをしちゃいけないのである。

 いや、「子供騙し」なのはタイトルだけの問題ではないんだね。
 夢をなくして心の荒んでいる孤児・テッド(なんだかありがちだけれど、決して非現実的な設定ではない。戦後20年が経ってはいたが、まだまだ駅前の靴磨き少年などがギリギリ生き残っていた時代であった)は、警察に追われて、遊園地に逃げこむ。
 花火に乗って脱出するテッドだったが、あえなく墜落した転がりこんだ先は、なんとあのガリバーの家。すっかり老人になってしまっていたガリバー博士だったが、冒険への夢は捨てていなかった。宇宙船ガリバー号に乗って、未知の世界へと旅立つ。
 ……と、ここまでで、小学生当時の私はもうすっかり萎えてしまっていた。
 それまでの東映動画は一種のおとぎ話だったから、多少荒唐無稽な描写が出てきてもたいして文句はない。けれど花火でそんな高く人間が飛べるかよ、とか、ガリバーがまだ爺さんで生きてるって、時代離れすぎじゃん(『ガリバー旅行記』の出版は1726年である。当時そこまで正確に年月を知ってたわけではないが、当然、その風俗描写からガリバーの時代がはるか過去であるくらいのことはわかる)、第一、元船乗りがなんで科学者になってて、しかも宇宙船をたった一人で作れるんだよ、とかツッコミどころが満載だったのである。
 ……小学生にそんなとこまで突っ込めるなんてヘンだって思いますか?
 当時の小学生はみんなそんなもんだったんですよ。それくらい、「大阪万博」前のコドモたちは「科学の子」で、「宇宙」に対してはおとぎ話とは違う「リアルな夢」を見ていたものだったんです。
 『オトナ帝国』での「万博」への拘りに涙する気持ちが、昭和40年以後に生まれた人間にはわかるまい、というのは偏屈なことを言ってるわけでもなんでもなく、そういうことなんです。
 もちろん、このトシになった今なら、小学生の自分に向かって、「いいじゃん、それくらい眼をつぶってやっても」と言ってやりたくなりますが。それに、今のオトナの眼で見ても、宇宙空間の静謐な描写や、時間の逆流、宇宙船の牽引ビーム、地平線を埋め尽くすロボット兵の恐怖感など、SF的描写のオモシロさを全く探せないってわけでもない。

 なにより、例の「アレ」。

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01月25日(土)
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