ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491704hit]
■ある「B級」監督の死/『風雲児たち ワイド版』9巻(みなもと太郎)/『復活! 大人まんが』(夏目房之介・呉智英編)ほか
深作欣二監督が12日午前1時、前立腺がんのため死去。享年72歳。
昨年12月21日からの定期入院中に肺炎を併発して、一時は意識が混濁する状態となっていたが、年明けには驚異的な回復力を見せ、監督復帰とのニュースも流れていた。
多分、そのニュースを知ったほとんどの人が「希望的観測だろうなあ」と思ってたろう。もちろん、テレビのコメンテーターはそんなことはオクビにも出さず、「お元気になられるといいですね」とかなんとか言ってたのだ。ニュースが事実を報道するわけじゃないってことは、こういう人の生死に絡んだときには特に感じるね。
撮影中の『バトル・ロワイアルU』はリハーサルは綿密に行われたが、実際に撮入したのは2シーンのみだそうである。深作監督の長男・健太氏が監督代行していたが、そのまま監督交代、ということになるのだろう。
普通、監督の死で中断した作品を他の監督が引き継いで制作、ということになると、どうにもぎこちないものになるものだが、私は結構期待している。
それはもちろん加藤夏希が出演しているから……というのもちょっとあるが(^o^)、もともとトンデモナイ映画ばかり撮ってきた深作作品のこと、前作を見れば、仮に深作監督が元気で作品を完成させたとしても、絶対ムチャクチャな映画になったろうことは間違いないのだ。息子さんが更に輪をかけてトンデモナイ映画にしたところで、「深作監督が撮ってればなあ」なんてことになるわきゃないんである(それでもそう言うヤツはいるだろうけどな)。
訃報には「巨匠」とあるが、62作と多作のほとんどが東映ヤクザ映画路線のプログラムピクチュアである。この20年ほどの深作監督の作品はたいてい見ていて、数えてみたら20本ほどになるのだが、実は『仁義』以前の初期のチープなギャング・ヤクザ映画のほとんどを私は見ていない(ともかく両親が私がヤクザ映画を見ることを極力嫌ったのである)。普通20本もその監督の作品を見ていれば、いっぱしの口が利けそうなもんだが、そこでどうしても一歩引いてしまうというか、批評しにくく感じてしまうのは、以前も書いたことだが、深作監督の本領は、「B級映画の監督」「プログラムピクチュアの監督」というところにあり、その部分を見ずに評価するのでは、その本質を見誤るのではないか、という気がしてならないからである。深作監督を「巨匠」と呼ぶことはかえってシツレイになってしまうのではないか。
黒澤明が『七人の侍』を制作したときに、「日本映画はお茶漬けサラサラ、たまにはステーキを」と語っていたが、深作監督はステーキを作ったことは一度もない。それは文芸作品と言われている『火宅の人』だってそうである。あれを松坂慶子や原田美枝子のヌードを期待せずに見に行った客がどれだけいるというのか。『青春の門』は杉田かおるの、『魔界転生』は佳那晃子の、『人生劇場』は中井貴恵の、『四谷怪談』は高岡早紀のスケベシーンが楽しみで私は映画館に足を運んだのだ。
……大学にいたころ、『人生劇場』をテレビで見た友人が、「中井貴恵のセックス、スゲエなあ!」と往来で恥も外聞もなく叫んでたこと思い出したぞ。そいつは今、長野県で教師をやってるが(^o^)。
ええと、他に誰のヌード撮ってたっけ。いや、ともかく80年代の「深作映画」と言えば、ひたすらヌードだったのである。どこまでソレに拘っていたかというと、アイドルゆえに脱がすことができなかった薬師丸ひろ子に、『里見八犬伝』ではアノ表情だけはさせていたくらいなのだ。つくづく深作さんってバカだと思うが、それに付き合っていた私もつくづくバカである。そして、当時、そんなバカが日本中に量産されていたのだ。70年代、落ちこむだけ落ちこんでいた日本映画の興行収入が80年代になって少し上回ったのは、劇場アニメブームが始まったこともあるが、深作監督の功績のヌード映画攻勢もあったと言えるのではないか。功績なのかよソレ、ってツッコミはあるだろうが。
[5]続きを読む
01月14日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る