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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■巨とか貧とか実はさほど気にしてない。ホントよ/『敬虔な幼子』(エドワード・ゴーリー)/ドラマ『時をかける少女』(内田有紀版)ほか
 私がとある劇団の代表みたいなものをやってることはこの日記の読者でいらっしゃれば先刻ご承知であろうが、その辺の付き合いもあって、ほかの演劇関係者と会話をすることがある。
 ちょっと差し障りがあるので、どこの誰とは言えないのだが、今日、ある役者の女の子とお喋りする機会があった。その子と知りあったのは別に演劇関係の場所ではなかったのだが、役者独特のオーラを発していたので、すぐにそれと知れた(^o^)。長年、その道にいると同族はピンと来るものである。演劇関係者とオタクは特に。本職の関係者は全く分らないんだけどね(^_^;)。
 その子は役者をやりながら、イラストなんぞも描いていて、某ゲーム雑誌に投稿して常連さんになっているとか。ネットでもあるHNで徘徊していて、プロのマンガ家の方々ともやりとりをしているのだそうな。どうやら役者よりもそちら方面でタツキを立てて行きたいらしく、役者を辞めてしまうのはチトもったいないのだが、それはまあ、その子の選んだ道だから仕方がない。
 それにしても演劇やってる女の子って、やたらオタクが多いが、某サイトで近頃話題になっていた「独身オタクが結婚するためにはヤンキーになればいい」というネタ、そんなハードなハードルを越えるようなことをせんでも、芝居をやればいいのである。女の子は余るくらいいるし、別にこちらが節を屈せずとも、相手は既にオタクだ。何をためらうことがあろうか。
 もちろん、そんなオタクにとって天国のような環境であっても、問題がないわけではない。つまり、天国なものだから、たいていの女の子は早々と誰ぞのお手つきになってしまうのである(「差し障り」と言った意味の一端をご理解頂けただろうか)。
 けれど大丈夫。熱しやすく冷めやすいの例え通り、芝居やってる女の子は、様々な役を演じて様々な恋を経験するように、私生活でも一人のオトコに飽きたらまた次のオトコに乗り返るのである。そのココロとココロの隙間を狙えば、独身でお悩みのアナタでもチョイといいカモが……。
 ちょっと話がヤバくなってきたな(いつものことだが)。本気に取る人があると困るので、「これは冗談です」とちゃんと言っておこう(^_^;)。ね、言いましたからね、「冗談」だと。仮にアナタが役者の女の子にコナかけて手ひどくフラレたとしても、当方は一切関知しませんので悪しからず。

 役者としてのその子は、実は男役しかしたことがない。タッパが高い、ということもあるのだが、実はその、ご本人には悪いのだが超絶的にムネがないのである(これもまた「差し障り」の一つとお考え頂きたい)。
 演劇仲間のもう一人の女の子に、今日、その子がムネのことでからかわれたのである(ちなみにもう一人の子は超絶的にムネが「ある」)。と言っても、会話の口火を切ったのは私であるが。
 「女の子は大変だよなあ。土台骨格が違うんだから、男役になるのは無理があるし、ムネにサラシ巻かなきゃなんないし」
 途端にムネあり子が(^o^)、
 「あ、でもこいつなんか簡単ですよ(と例のムネなし子を指差して)、そのまんま男役できますから」
 私が慌てて「……それセクハラ発言じゃ……」と言いかけたら、ムネなし子が堂々とないムネを張って、言ったのである。
 「自慢じゃないが、サラシを巻いたことなど一度もないっ!」
 ……そりゃ確かに自慢にならんのとちゃうか。っつーか、何を言い放ってるんだか。

 それにしても、役者っていいなあ、と思うのはこういう肉体的なハンデ(と言っていいのかどうか)を逆に武器にできるところだと思うのである。チビにはチビの、デブにはデブの需要というものがちゃんとある。映画やドラマが美男美女ばかりで作られていたらこんな味気ないものはない。ブスの中にあってこそ美人は映えるのであって、美人女優ばかり集めたらドラマが派手になるかと言えばさにあらず、かえって地味になってしまうものなのだ。
 だから役者は常に自分を客観的に見ていなければならないし、「私ブスでよかったわ、だってブスの役が出来るんですもの」くらいの気概は欲しい。というか、そういう心構えなくして役者ができるはずもない。

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10月25日(金)
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