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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ゴミとゴミとゴミの間に/『とむらい機関車』(大阪圭吉)ほか
仕事がめたくそ忙しい。
もちろん悪いのは〆切ギリギリまで仕事しない私なんだけどさ。
日頃は仕事なんて日銭稼ぐための手段さ、あくせく働いたってしゃああんめえ、と無責任男を決めこんでる私であるが、忙しさの沸点ギリギリになるとかえって仕事に対するエネルギーが生まれてくるのである。気がついたらあの仕事この仕事その仕事と暴走気味にこなし、気がついたら他人の仕事まで手伝って片付けちゃってて、「有久さん助かりました」「有久さん、どうしちゃったんですか」とか言われてるのである。
なかなかやるじゃん俺、とか思ってたが、自分の仕事を一つやり忘れていて、同僚が代わりにやってくれていた(^_^;)。なかなか終わりよしとはいかないものである。
仕事が長引いたので、しげを駐車場で待たす。待たしたどころか、しげの仕事の時間にも間に合わなくなったので、結局わざわざ迎えに来てくれてたのに、とんぼ返りさせてしまった。ああ、これでまたしげの機嫌が悪くなるなあ。
しげ、帰り際に「台本は?」と聞く。
「帰ったら書くよ」
「時間ないやん」
「書き始めると早いから」
もちろん、その場限りのセリフなのだが、でもこのその場限りのセリフをなんとかこなしてこの40年というもの生きてきたのだから、もはやギリギリにならないと動けないというのは習い性なのである。
帰りついたのは9時過ぎ。当然、しげはもう仕事に出かけていていない。
いつものように、床に散らばった新聞、飲みかけのペットポトル、口を開けたままゴミが溢れかえっている透明の福岡市指定のゴミ袋、雪崩れを起こしかけている本の山、部屋の中は乱雑この上ないのだが、それでもゴミの隙間からニオイただよって来るように、いつもなら奥の部屋から「帰ったと〜?」と鼻にかかって間延びしたしげの声(あるいはイビキ)が聞こえてくるところである。それがシンとしたままというのは、なにか拍子抜けがする。しげとゴミがセットになって、すっかり我が家の風景に馴染んでいるせいなのだが、主のいないゴミの山はただのゴミだ(しげがいてもゴミはゴミじゃん、と言うのが正しい意見ではあろうが、まあそれはそれとして)。
一人寂しく買い置きのおでんを食うが、卵もスジも厚揚げもすっかり固くなっている。なんだか独身時代に戻ったような気分で、なんとなく侘しい。今も昔もウチはゴミだらけで散らかっていたのだが、昔はあえてゴミを片付けないでいたこともあった。小奇麗にしていると、なんとなく誰かが尋ねてくれることを期待しているようなものほしそうな感じがしてしまって、かえって自分自身が寂しく思えてしまうからだ。でも誰もいないからってゴミだけ溜めとくのもやっぱり寂しいのである。
やっぱりゴミの谷間からしげの顔が見えてこそうちはうちなのだろう。
ネット検索してて、田嶋陽子さんが七日に社民党を離党していたことを知る。
田島さんは私が心の中で密かに、栗本慎一郎、大槻義彦と並んで三大バカ教授と呼んでいるのだが、政治に口を突っ込んだのもバカなら、今更自分の立場が悪くなったからって離党するってのもバカな話である。
その理由については、朝鮮労働党と友好関係にあった党が説明責任を果たしていないこと、と述べているが、世間はみな一様にこう思っているだろう。
「何を今更」。
社民党が社会党時代から中国、北朝鮮にべったりだったことは政治オンチな私だって知ってることだが、この人はいったいこれまで世の中の何を見てきたというのか。ここまで政治オンチだと元々選挙に出ることすら憚られるのがごく当然な判断だと思うが、判断力ないから出ちゃうんだろうね。
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10月10日(木)
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