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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■また騒ぎ方が違うんじゃないかって話/『青少年のための江口寿史入門』(江口寿史監修)ほか
 一昨日から続いている下痢血便のせいか、感覚が磨耗している。
 いや、仕事はしてますよ、それなりに。でもちょっと仕切り直ししないと、週末までカラダが持ちそうにないのだ。仕事中も気がついたら意識が飛んでいるのである。ここんとこ熟睡も出来ないしどうなっちゃうのか。
 エアーベッドが何日か前から空気が抜けてへにょへにょになっている。一度しげに空気を入れてもらったのだが、またすぐにへにょへにょになった。どうやらどこかに穴が空いてるらしいのだがどこかよく分らない。
 しげに「空気入れて」と頼むが、「あんたが乱暴に踏むからやん!」とまたまたニベもない。最近とみに険悪だなあ。
 しかたなくへにゃベッドに沈みこむが、すぐケツが床にぶつかる。そんでもって、カラダは両脇から押しつぶされているので、頗る寝ごこちが悪い。ふと、愛されてないんだなあ、と一人ごちる。泣きたくなる自分がつくづく馬鹿なのだよなあと思う。全く、自分で自分を落ちこませてどうするか。感覚の磨耗、と言うよりは、やはり疲れてるんだろう。


 世間の出来事についても「あ、そう」くらいの思いしかないので、たいして書くことがない。
 ノーベル化学賞を島津製作所の研究員・田中耕一氏ほか3人が受賞。昨日、小柴昌俊・東京大学名誉教授が物理学賞を受賞したのに続いて、2日連続、日本初のダブル受賞、日本人の受賞も3年連続と、いささかマスコミもはしゃいでいる様子。去年一昨年の受賞はそんなに騒がれなかったような気がするが、やっぱり「無名の技術屋さんが受賞した」と言う「物語」が日本人好みだったってことなんだろう。
 なんかこの騒ぎ、いつかどこかで見たなあ、とデジャブーを感じたのだが、毛利衛さんが宇宙飛行することになった時の熱狂ぶりに似てるのだ。田中さんのどこか「普通っぽい感じ」「庶民らしさ」がクローズアップされるあたりがそっくりだと思うんだがどうだろう。小柴氏と比較されるからなおのことその印象は強まるし、授賞発表に作業着で来たことも得点が高い(なんの特典だよ)。
 毛利さんフィーバーのころも向井千秋さんはやや置いてきぼりの印象があった。田中氏の受賞で小柴氏の受賞が霞んでしまってることを考えると、どうもこの騒ぎ、素直に喜べない。「庶民派」の標榜が、権威的なものを引き摺り下ろしたい、日本人の僻み根性の裏返しになってる点も確かだからだ。実際には田中氏の受賞理由の「生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発」なんて、庶民の研究とは思えないのだけれど。「新薬の開発やがんの早期発見に道を開いた」とのことだが、理系の人間でもない私には具体的なイメージはちっとも湧いて来ない。まだしも小柴氏のニュートリノの研究のほうがSFにやたら出てくるだけに身近に感じちゃうのだが(実際には無害なのに有害物質のように扱われたりしてるけどさ)、世間一般の感覚じゃ、ニュートリノのほうがわけわかんないんだろうなあ。
 今日になって、小柴氏が東大卒業した時の成績が「ビリ」だったとか(成績は悪かったらしいが、ホントはビリだと特定はできないらしい)、「庶民派」報道がヤラセっぽくされているのには苦笑する。
 人は、「常識」という物語に従って行動する。それは悪いことではないし、そうして生活するしかないのだが、他人を自分の物語のワクになんとか入れこもうという行為そのものは、たいていの場合、その対象となる人間にとっては迷惑なことこの上ない。称賛の形を取ってはいても、それは結局、緩やかな差別であり偏見なんである。言い返れば偏見と差別によってしか人は関係を持つことができないのだが(だから「差別をなくそう」という言質はかえって人間否定になっちゃうのである)、かと言って、それを露骨にやられるのはやはり醜悪だ。

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10月09日(水)
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