ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491716hit]

■呪う女(・・;)/『お笑い創価学会』(佐高信・テリー伊藤)/『世紀末リーダー伝たけし!』1巻(島袋光年)ほか
 今日は一日出張。
 帰りが何時になるか分らないから、しげには地下鉄の駅まで朝だけ送ってもらう。
 楽しい出張だったのだけど、やっぱり職業がバレちゃうので、中身は書けないのであった。こうなると職業バラした裏日記も書きたくなるなあ。会員制にしてそういうのも作ってみようか。……って誰がわざわざ会員になってまでこんなのよむってんだろうね。思いあがりも甚だしいのである。
 書けることって、昼食に食ったうな丼プラスうどん定食が美味かったってことくらいかな。けれど、店の名前もやっぱりどこに行ったかバレちゃうので書けない。つくづく残念なことである。


 コンビニで『週間文春』を立ち読み。
 小林信彦氏が鮎川哲也の死去について一章まるまる述懐している。
 鮎川氏が鮎川哲也としてデビューするまでに様々なトラブルに巻き込まれたことは、とみに有名である。『黒いトランク』懸賞金未払い事件を初め、『赤い密室』が、高木彬光の筆が入っていると大坪砂男に中傷されて(事実は鮎川氏が高木氏の家に挨拶に行ったのが誤解されただけ)、推理作家協会賞を逸した件なども小林氏は紹介し、その結果、鮎川氏は「被害妄想」になったと説く。
 小林氏に対してあるときは親密な態度を取ったかと思うと、あるときは極端に疎遠になり、そのワケというのが「あなたは本格派を見限ってハードボイルドに行ったかと思ってました」という全く勝手な思いこみなのだから、これは小林氏も往生したことだろう。まあ、確かに小林氏の作風を見ればそう見えなくもない。もともと本格推理小説は小林氏は『神野推理』シリーズくらいしかなく、あまり得意とは言えない。確かに鮎川氏が被害妄想気味であったことは間違いないだろうが、これはまた、作風の定まらぬ(と言うか何がやりたいのか分らない)小林信彦に対する痛烈な批判でもあった(未だに定まってないとも言えるな)。
 一時期、深くつきあっていた小林氏ならではの視点ゆえに、見方によってはあ鮎川批判とも受け取れる筆致だが、これはもちろん「記録」なのである。既に鮎川氏は「歴史」なのだ。個人の名誉とか、そういうことよりも、氏の言動をそれに直接接した人々が感傷を交えずに記録することのほうが、優先されるべきことなのである。


 内田有紀と吉岡秀隆が、結婚を決めたそうな。前にも書いたような気がするが、今回が本決まりらしいから、一応、内田有紀の隠れファンである以上は(実はそうなんである)改めて書くことにする。で、どうやらこの結婚が内田有紀の引退、ということにもなるらしい。
 『北の国から』の完結編は一応ビデオに録っちゃいるんだけれど、まだ見返してない。共演中に愛が芽生えたって話だが、内田有紀は真剣に役者としての到達点を目指してたから、不器用だけれど間違いなく「役者」である吉岡秀隆に惹かれたのも分らないではない。ただ、内田有紀の役者としての到達点が果たして『北の国から』でよかったのかどうか、ちょっと残念には思う。でもじゃあ、これから彼女の役者魂を満足させられるドラマが作られることがあるのかというと、確かに望み薄ではあるのだ。
 内田有紀の役者としての才能は同年代の女優の中においては傑出していると言っていい。しかし、それを見抜いている映像クリエイターが殆どいないのが現状なのである。視聴者もまたその演技を斜めに見て、ポッと出のアイドルの余技ぐらいにしか思ってないのではないか。じっくり見れば彼女がいかに「役」に没頭してるかが分らないはずはないのだが。
 くだらん連ドラやバラエティばかりに使われて、ただ日々そのイメージを消費されるに任せる状況の中にあっては、役者を続けることの意味を自ら問うことになるのも自然の流れだろう。彼女は「仕事」をしたいのではなく、「演技」をしたいのだから。
 脚本家・倉本聰および演出の杉田成道を、結局はテレビの枠の中に留まっていて、映像演出としては雑な撮り方しかしていないと、私はあまり買ってはいないのだが、それでもほかの連ドラのいい加減さに比べれば遥かにマシである。これを花道にできるのであれば、役者人生に終止符を打ってもいいや、という気分になったとしても充分首肯できることではある。

[5]続きを読む

10月11日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る