ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491718hit]

■母の呼ぶ声/『フルーツバスケット』5〜9巻(高屋奈月)/『神罰』(田中圭一)
 なんだか疲れが溜まっていて、午前中はひたすら寝る。
 どうせパソコンはしげと穂稀嬢が占領してて、日記の更新もできないし。
 それに、できるだけ寝て暮らさないと、書きたいことが溜まって、日記の量がどんどん溜まるのだ(^_^;)。

 夕方、父と姉と合流して、食事。
 初め八仙閣に行くが、団体さんが来ていて30分待ちということで、十徳やに移る。その席で親戚の誰か(顔も知らん)が、今度結婚することを知らされる。
 「お前たちの結婚のとき、お祝い貰ったんだからお礼せんとな」
 「そんなん貰ったかいな?」
 「忘れとうとや!」
 しげにも聞いてみたが、私以上に記憶力のないしげが覚えているはずもない。
 父、本気で呆れているが、本当に貰ってたとしても、当時から私がお礼のことなんか考えてなかったことはまず間違いないと思われる。
 そういう贈答だの親戚づきあいだの無意味な儀礼が大っ嫌いだったから、結婚式だって入籍以来5年以上も挙げなかったんである。それを母が死んで、墓前に結婚写真を捧げたいからと父に懇願されて、形だけということで親戚も呼ばず神主も坊主も神父も呼ばずに、父の弟子たちだけを呼んで挙げたのが我々の結婚式ってやつだったのだ。
 その程度のもんだから、私も職場からの祝いの申し出は一切断っている。そんなんにお祝い送る方もどうかしてると思うがな。断るより先に親が受け取っちゃってんだから、どうしようもない。
 まあ、放たっときゃ、親が勝手に包んでお祝いとやらを送るだろう。父はしきりに「育て方を間違った」と嘆いていたが、こーゆー性格、小学校のころから変わってないんですが、アナタ三十年以上も気付かなかったんですか。
 しかしその貰ったっていうお祝い、いったいいくらで何に使ったのかな。

 そのあと、父がすっかり酔っ払ってたので、しげの車に乗せて、マンションまで送る。
 初めは「一人で自転車で帰る」と言い張ってた父だが、歩いているうちに、こりゃ無理だと自分で気付いたらしい。5年前なら意地でも一人で帰ってたところだろう。意地っ張りで頑固者の父も自分の肉体の衰えには逆らえなくなっている。
 しげの車に父が乗るのは初めてだが、特に怖がってる様子はない。
 盆送りの場所の川岸にも車で乗り付け。道幅狭いってのに、こういう迷惑なやつはウチだけかと思ったらほかにも車が2台ほど。全くエゴイストが増えたもんだ。
 去年まではみんな自転車で出かけてたんだよなあ。
 私ももう自転車で何10キロも飛ばす体力も元気もなくなってきてるから、これからだんだんとしげに頼りっきりになってくんだろう。私が定年になってもしげはまだ40代だから、しげが先にくたびれ果てることはないと思うけど、もしもしげに見捨てられたらって考えたら、自分で自分の処置は考えないといけなくなるよなあ。そろそろそういうことも射程距離に置いとかないといけないトシになっちゃったね。
 父は母を送りながら、「あまり、はよう呼ばんでね」と呟く。えらく生に執着してるようだが、残された姉が心配なんである。私の生活のことは父は全く心配してないのだが(心配のしがいがないともゆー)、姉はまだ一人だちしていない娘三人を育てていかねばならないのだ。父の後ろ盾なしにやっていけるものではない。

 父には、母の声が聞こえているのだろうか。
 夢にでも出てくるか、と聞いたら「全然」と答えられたことがある。
 かと思ったら、気配を感じたようなことを言うこともある。
 恐らく、全ては錯覚だ。
 私は時々、母に声をかける。返事は、心の中に直接「思い」の形で響く。
 たいてい、母は怒っているし、恨み言を言うこともある。父やしげへの私の対応が優しくないからだと言う。責められて嬉しいはずもないから、たまにしか声をかけない。母に声をかけるときは、私が本当に疲れているときだ。叱られると解っていても、つい、「どうしたらいい?」と呟いてしまう。母は無言で答える。無言の感覚が伝わってくるのだ。
 母の声は、私の罪悪感の現れだろう。
 母を仮構しなければ、私は、私自身の罪すら自覚できないほどに傲慢なのだろう。ホントに霊魂になっているのなら、祟ってくれてもいいんだが。

[5]続きを読む

08月15日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る