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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■文学を教養で語るな/劇場版『機動戦士ガンダム』四部作/『まんがサイエンス[ ロボットの来た道』(あさりよしとお)ほか
 田中真紀子さんがあれだのこれだの、いろんなことの責任を取るとかで辞職しました。でも、こういう人はタレントの道が残されてるから辞めるのも気楽でいいやな。ホントに転向したらまた叩かれるだろうけれど。
 「辞めることが責任を取ることになるのか、まだ秘書給与の疑惑は解明されてないぞ」という批判はやっぱり出てるが、もし真紀子さんが「疑惑をはっきり解明するまでは辞めない」とでも言おうものなら、今度は「潔くない」と批判が出るに決まっているのだ。マスコミの勝手さ、と言うか、批判だけしてりゃそれで仕事が成り立つお気楽さ、無責任さ、まるでこの日記のようだ(^o^)。
 しかし、あれだけ世間の認知度の高い人だから、相当政治経験があるのかと思ったら、議員生活自体はたったの6年だったんだねえ。オヤジさんにくっついてた時期が長いから、いかにもキャリアがあるように錯覚するけれども、だいたいにおいてどんな職業でも、おえらいさんの後ろにくっついてるだけじゃ修行にも何にもならんのである。田中真紀子が今シドロモドロだからと言って、「幻滅した」などと勝手に落胆してるやつ、期待しすぎだったんじゃないのかね。


 長崎の原爆慰霊式典で、長崎市長が名指しでアメリカのテロ報復について批判。どうですかね、一年前、「テロは絶対に許せない、アメリカの報復を指示する」とか言ってたニワカ「平和主義者」のみなさん、長崎市長のコメント、批判しますかね?
 全く、一年前の状況と比べると世間の反応もガラリとかわったもんだよね。
 ブッシュ大統領の報復戦略は明らかにやりすぎってことにみんな気がついてきたんだろうけど、遅いよ(-_-;)。政治オンチはそれはそれで構わないんだけども、自分の意見が所詮はシロウト考えに過ぎないってことは自覚してなきゃなあ。
 もっとも、テロ事件の直後だったら、長崎市長だって「テロは許せない」とか、コメントしてた可能性は大だけど。やっぱり「結果」が出ないことには人間は事実を納得できないものなんである。けれど、その「結果」が出る以前に意見を述べると、それは「憶測」だって退けられちゃうのだよな。憶測もなにも、アメリカがこれまで何をしてきたか、記憶してないのか。
 「世界の警察」なんて妄想に囚われてる国に、必要以上にすり寄ってくのは結果的にワリ食うことになりかねんってこと、ちっとは考えようよ。


 体調を崩して、仕事休んで寝る。
 熱があるみたいだけど、何度なのかわからん。しげが看病してくれないのもいつもの通りだし。っつーか、こいつも昼過ぎまで寝てやがる。
 全く、気力はともかくカラダがついていかなくなってきたよ。
 おかげでこうして日記の更新はどんどん遅れていくのである(-_-;)。

 昼まで寝てたら、さすがに腹が減ってきたので、ロイヤルホストで食事。
 しげも、ずんだ氷を頼む。なんだか今年は私にもしげにもかき氷が流行しそう。してどうするかって気はするが。


 夜、テレビを見てると、テレビQで怪談特集の番組をやっていた(タイトルは忘れた)。
 漱石、鴎外、芥川といった作家たちがどうして怪談に関心を寄せていたのかって企画のものだったけれど、唐沢俊一さんが出演されてコメントしていたので、身を乗り出して見る。
 かつては人間の心の闇の部分を怪談を通して描いていたものが、私小説の流れに日本文学が傾いていったために失われていった、というのが大意。やや言葉足らずに思ったが、多分元のコメントはもっと長かったんだろう。

 日本文学がどうして読まれなくなっていったかってことは、原因はいろいろ複合的なものがあるので一言で言いきれるものではないけれど、根本にはやっぱり明治期の黒船コンプレックスと武士階級の選民意識があるよな、と思う。
 つまりは福沢諭吉を始祖とする「啓蒙」意識よ。文学を「アホなやつのアタマをよくする」ための「教養」と規定してることがそもそもの間違い。文学読んだって頭がよくなるものか。バカになるばかりであるってのは私のこの日記なんかを読んでいただければ納得してもらえないかね。

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08月09日(金)
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