ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491718hit]

■親しき仲ほど礼儀なし/『風の帰る場所』(宮崎駿)/『うっちゃれ五所瓦』1・2巻(なかいま強)ほか
 『北の国から』がようやく終わるそうである。
 そのことを知ったのが、内田有紀と吉岡秀隆の熱愛発覚のニュースなんだけど、もしかして話題作りのためのガセか? でもこの二人なら何となくありそうだよなあ。
 10年ほど前のアイドル人気のピークが過ぎて、内田有紀は本気で「役者」になろうと舞台出演などを繰り返している(テレビでは未だにどーでもいー役ばかり振られてるしな)。その意欲は買うけれど、選んだのがつかこうへいの舞台って時点でなんか外してたよな。そして今回が倉本聰である。でもって、吉岡秀隆コースに流れるというのは、演技者としても「転落」っぽいんだけど。なんとなく永瀬正敏と結婚した小泉今日子のラインに乗っちゃった気がしませんか。
 これが渡部篤郎と結婚した村上里佳子(RIKACOになってるのか戻ってるのか覚えてねー)だと出世したってイメージなんだけどね。いや、あくまでだのイメージでホントに出世してるかどうかはこれも定かではない。
 それはそれとして、シリーズ最終回『北の国から 2002 遺言』である。「遺言」とはまたいかにもクラモトなハッタリかましたタイトルやなあ、と思うが、田中邦衛死ぬのか。ラストが、五郎が静かに息を引き取るシーンで終わったりしたら、倉本版『ゴッドファーザー』って雰囲気になりそうだよな。根は同じだし。
 とか言いながら、実は私は『北の国から』シリーズをまともに通して見たことがないのである。初期の作品は児童文学としても評価されてるし、チラチラと見てはいたのだけれど、世間の人ほどハマれはしなかった。まずさだまさしのテーマソングで引いたし(^^)。都会の生活に疲れたからって富良野へってのも短絡的だなあ、と思ったが、倉本さんの作品ってどれもこれも苦悩とか情念とかそんな心のマイナス要因をムリヤリ美化してるような胡散臭さを感じるんでねえ。っつーか、『前略おふくろ様』以降、どれもこれもなんか田舎臭くて。
 ああ、でもマトモに見てないのに断定しちゃいかんな。『浮遊雲』は好きでしたね、渡哲也版の。時代考証無視したり、歴史上の人物が素通りするだけのギャグとか。ギャグもっと書いてよ倉本さん。
 で、私は今度の『遺言』を見るだろうか。内田有紀の役は人妻だそうだが、全く純っつーか吉岡秀隆は不幸な恋が似合う男だ。
 

 宮崎駿『風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡』(rockin'on/1680円)。
 1990年から2002年まで、渋谷陽一による宮崎駿のインタビューを集めたもの。
 ……すごいなあ、表紙。タイトルより「宮崎駿」の名前の方が大きいよ。
 宮崎さん本人がいくら「宮崎ブランドなんてものはない」と言い張っても、そりゃ通らんリクツだってことだよな。
 なんだかなあ、ナウシカ以前から「宮崎駿はいいぞ!」といくら主張しても「ふ〜ん」ですまされてた身にしてみれば隔世の感があるな。今は「『クレヨンしんちゃん』はいいぞ!」と言いまくっててて相手にされてないが。
 DVD『名探偵ホームズ』の特典解説で鈴木敏夫プロデューサーが語ってたが、ナウシカ以後でも、『アニメージュ』で宮崎駿を特集すると売り上げが落ちたそうである(←実話)。
 1980年代のアニメファンの人気は『ガンダム』『銀河鉄道999』に集中していて、宮崎駿っ誰? ってのが当時の一般常識であった。アニメファンと言っても、『カリオストロの城』の追っかけアクションに驚嘆していた連中はごく少数で、総体として『ヤマト』以降の俄かファンばかり、たいしてオタクとは言えない連中が多かったのだ。……思い返すに、私の周りの人間が濃いドオタクばかりだったというのは僥倖だったのかもしれない(不幸という説もある)。
 宮崎駿の名前が本当の意味で「ブランド」となったのは、『となりのトトロ』がキネ旬ベストテンなどで評論家からの評価を得て後のことである(『トトロ』自体の興行はコケた)。具体的には『魔女の宅急便』以降ということになろう。情けない話で、大半の日本人は未だにアニメに対して偏見を持っており、誰かおエラいさんが誉めてくれないと、それが自分の眼で本当に面白いかどうかを確かめようとはしないのである。

[5]続きを読む

07月26日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る