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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■それさえも平穏な日々/『脱ゴーマニズム宣言』(上杉聰)/『潜水艦スーパー99』(松本零士)ほか
 朝、目覚めたときには、空はカラリと晴れていたのである。
 いつものように、冷蔵庫を開けて牛乳を飲む。
 いつものように、便所で血便を搾り出す。
 いつものように、しげのロドリゲスに乗りこんで、職場まで運んでもらう。
 ここまではなんの変哲もない一日の始まりであった。

 車から降りて、職場の玄関の階段を上ろうとした途端、それは起こった。
 そのとき、私は窓を背にしていたのだが、それでも一瞬、世界がまっ白になったのを感じた。
 閃光。
 間髪を置かず轟音が空気をつんざく。
 まさに青天の霹靂だった。
 思わず階段からコケ落ちそうになったが、なんとか踏み止まった。振り帰ると窓の外は突然の豪雨、それこそ「雨が降る」なんてレベルじゃない、水滴どころか濁流が天から降り注いでいる。
 職場のあちこちから悲鳴が聞こえる。突然の雷鳴は、大地震に見舞われたかと錯覚するほどのショックを我々に与えた。
 向後10分ほどは仕事にならなかったね。

 とはいえ、これも典型的な夏の通り雨で、午後になるころにはウソのようにカラッと晴れあがっちゃったのだが、ふと気づいたのは、なぜこんな突然の気象の変化が起きるのか、その物理法則を全く知らないってことである。
 いやね、雨が空気中の水蒸気が重くなって降ってくるって理屈はわかるよ、けど、なんでこう、いきなりドバッと降ってくるのか。まるでホントに空にカミナリ様がいてだよ、雲をギュウッと雑巾搾ったみたいなんだよね、これだけ一気に、しかも大量に落ちて来るんだから。正しいリクツよりなにより、そういう「手作業」が空で行われたと言われたほうが、感覚的には納得できてしまうのだ。

 京極夏彦みたいなことを言ってしまいそうになるが、つまりは「妖怪」の類は文化的には「実在」しているのだ。科学的な知識がどんなに増え、それが常識になろうと、我々は目の前にあるもの、実際に耳にしたもの、触れたものを実態と感じるようにできている。そしてその感覚に従ったほうが、実は我々は幸せなのではないか、という気持ちにもなってくる。
 地球が太陽の周りを回ってるんじゃないよ、太陽が地球を回ってるんだよ。
 人間は神様が作ったんだよ、類人猿から進化したんじゃないんだよ。
 生半可に科学の知識があると、かえって、西原理恵子が電車やバスの中で飛び上がっても置いてかれないのはなぜ? なんてことで一生悩むハメになるのである。
 「愚か」であることが「徳」であるとは、そういうことなのだろう。
 
 それにしても、この豪雨の中、ロドリゲスで帰るしげは大変だろうな、と思っていたのだが、実際、前もほとんど見えない状態だったらしい。それでもなんとかウチに帰りつきはしたものの、途中、山と山の谷間の坂道が水没して、車が動けずに困ってたそうな。
 ……って、職場からその坂道に差し掛かるまで、掛かっても7、8分のはずだ。そんな短時間で水没。どれほどの豪雨だったか、分ろうというものだ。
 しげ、迎えに来た車の中で、「あんたのせいでひどい目にあった」と悪態をつく。
 「なんでオレのせいになるんだよ、天災だろ? 当たるなよ」
 「アンタに当たらんで誰に当たるん」
 「誰にも当たらなきゃいいだろ!」
 ……やっぱりいつもの会話である。
 

 晩飯はどうしようか、の問いに、しげ、またしても「王将かめしや丼」と答える。私はもうナゲヤリである。
 「いいよ、もう、めしや丼で」
 「なん、好かんとやなかったと?」
 「好かんでも行くとやろ? だったらもうオレ、メニューの右端から順番に食ってくからいいよ、それで」
 「なん、それ」
 しげ、声を出さずにぐふふと笑っているが、バリエーションのない外食ほどつまらないものはない。せめてしげが買い物や後片付けしてくれる程度の手伝いをしてくれるんなら、毎日違ったメニューの食事を作ってやるくらいのことはするんだが。……って、既にしげに料理を作らせようという発想がなくなってるなあ(-_-;)。

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07月17日(水)
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