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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■イカが怖い/『育ってダーリン!!』A・B巻(久米田康治)/ドラマ『ししゃもと未亡人』ほか
 オウム真理教の新見被告への死刑判決が下る。
 これももう、1995年の事件。7年も前のことだ。ローティーンの(下手をしたらハイティーンも)若い世代にはどれだけショッキングな事件だったか分らない人も多くなっただろう。
 オウムの被告たちの中には、事件発覚後も麻原彰晃に本気で帰依している者、利用して私腹を肥やそうとしていただけで最初から信じていなかった者、目が覚めて逆に麻原批判に回った者などいろいろ人間模様を見せてくれているが、こいつは完全に「帰依派」だったようだ。
 万が一、釈放されることがあっても、コイツだけは間違いなく教祖の命令通り、ポア(=殺人)を繰りかえすだろうと目されているのである。
 信教の自由がどこまで許されるのか、という問題については、大方の人間が「人に迷惑をかけない限りは」とか甘っちょろいことを考えてるんだろうなあ、と思う。
 本来、宗教ってのは、法律が許そうが許すまいが、そこに既に「ある」ものである。マスコミはやたらと信者に向かって、「麻原が命令したらアナタも人を殺しますか?」とか聞いてたけれど、これほど意味のない質問はない。だって、そこで「いいえ」と答えたら、そりゃ信者じゃないってことになるんだから。たとえ教義で、「人を殺すな」と戒律があっても、教祖が「殺せ」と言えば殺すのが宗教なんである。キリスト教だって異教徒を惨殺した歴史があるよね。これは信者を追い詰めるための質問でしかないし、オウム真理教だけを危険な宗教と見なそうとする誘導尋問でしかない。
 これは「もしも戦争になったら、アナタはお国のために戦いますか?」というのと同じ質問だ。戦時中なら、もちろん「イエス」以外に答えようがない。そして、『私は貝になりたい』のフランキー堺のように、敗戦後は「戦犯」のレッテルを貼られ、殺されることになるのである。さて、それが法として正しいと言えるかどうか?
 私ゃ別にオウムを擁護する気はサラサラないし、なんで破防法を適用しなかったんかねアホンダラが、と思ってる口なんだが、だからこそ、新見被告の死刑判決は法の上の矛盾だと思うわけである。オウムが宗教である以上は、死刑に値する人間は麻原彰晃しかいないし、麻原以外を死刑にすべきではない。もし、新見を死刑にしたければ、「オウム真理教は宗教ではない」ことをまずもって証明しなければならないのだ。オウムが宗教でないなら、彼らはただの「殺人の共謀者」に過ぎない、ということになり、死刑は求刑できよう。
 多分、法廷ではそんな「麻原の命令でやった」「麻原の命令と関わりなくやった」論争があったんじゃないかと思うんだが、マスコミ、相変わらず肝心なところは全然報道しないしな。そのへんハッキリさせてくれないと、もしかしたら新見が死刑になるにしろならないにしろ、法そのものが揺らいでいることになってるかもしれないのだ。
 ……だからよう、やっぱ終身刑は要るよ、絶対。そうでないと、誰かに洗脳されて人を殺した人間もみんな死刑ってことになるもの。それでいいのか。


 しげ、具合が悪いということで、また迎えに来れず。
 けれど、今回は寝不足とかそんなんじゃなくて、本当に風邪らしい。
 タクシーを拾い、ウチの近所のコンビニで降ろしてもらって、滋養液を買う。
 ふとお菓子の棚を見ると、「世界名作劇場セピア」のガシャポン(食玩じゃないからこう言うしかない)が置いてある。『フランダースの犬』、『母をたずねて三千里』、『ピーターパンの冒険』、『赤毛のアン』と、これも写真で見る限りディテールがすごくいい。原型制作はやっぱり海洋堂で香川雅彦という人。思わず二つ買って、帰宅して開けてみたら……マルコ&アメデオとフィオリーナを見事にゲット!(『フランダース』は実は好みじゃなくてね)
 合体させるとマリオネットを操るフィオリーナと、アメデオと一緒に踊っているマルコが……。うううう、また一つハマりそうなブツが増えちゃったよう(T∇T) 。


 風邪を引いても仕事には行くというので、しげに滋養液と風邪薬を無理やり飲ませる。
 「これ、オナカがよくない時にって書いてあるけど、オレ、喉が痛いんだけど」
 「いいんだよ、どっちにも効くから」

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06月26日(水)
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