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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■野良犬は革命ごっこの夢を見るか/映画『血とバラ』
まだ月初めだというのにもう貧乏。
仕方なく晩飯は買い置きのコンビニ弁当を食う。
コンビニの弁当のメニュー、どこでも一定の割合で中身を切り替えてるみたいだけれど、最近は幕の内の値段が高くなってきてやしないか。
同じ幕の内でも昔は300円くらいのと500円くらいのと、に、3種類はあったものだが、ウチの近所のコンビニでは500円程度のものばかり。けれど栄養のバランス考えると、これしか食べられるものがないんだよなあ。
椅子の肘置きに寄りかかりながらネットを散策していたら、突然、その肘置きのネジが外れる。どうやら私の体重を支えきれなくなっていたらしい。
慌ててねじ回しを探すが、しげが思いついた時にいきなリ間取りを変えたりしてるので、どこにあるんだか解らない。
しげは帰宅そうそう、グーグー寝入ってしまっているので、場所を聞いても寝惚けてフガフガ言ってるだけである。
なんとかプラスのねじ回しを探し出して、ネジを嵌めたが、なんだかそれでも椅子が心持ち傾いているように感じる。
やっぱり体重が増加してきてるんだろうか。
岡田斗司夫さんの「オタク日記」、4月29日(月)に、押井守についての記述があるのを見つける。
『うる星やつら』以降、私は押井守作品はアニメ・実写を含めて、見られるものは可能な限り見てきている。『パトレイバー』や『攻殻機動隊』のような有名どころはおろか、必ずしも押井守の個性が出ているとは言い難い『ダロス』や『ニルスの不思議な旅』や『レムナント6』あたりまでチェックしているから、一応、「押井フリーク」と自認しても構わないだろうとは思っている。
ただし、「ファン」ではあっても、「信者」じゃないことは先に明言しておく。でないと、あとあといろいろとモンダイが生じそうなんで(^^)。
さて、やたらテツガクしたがる押井作品が、オタク的エンタテインメントに徹するアニメを作り続けてきたガイナックスの元社長である岡田さんのシュミに合わないことは予め容易に想像がつくことである。果たしてどんな悪口を展開してくれてることやら、とワクワクしながら読んでみたら……。
うーむ、意外にもある程度感情が抑制されてるきちんとした批評。押井守信者から攻撃されることを懸念して舌鋒を緩めたのか、まだなにか含むところがあるけれども口に出せない事情でもあるのか。
ちょっといくつが疑問もあるので、引用しながら考えてみる。
>「僕はオシイストではない。かと言って、自分をアンチ・オシイストとも思わない。」
立場を最初に明確にしなければならないと言うのが、ファン(あるいはファンでない人)に「気を遣っている」んじゃないかと感じるところ。
いや、特に気を遣ってるわけではなくて、単に「私は押井作品を完全否定するような偏狭な人間でもないし、かと言って絶賛するほどのバカでもないよ」と言いたいだけかもしれない。けれど、私自身の経験から言っても、「信者」のいる人に対して、自分の立場を明確にせずに何かを語ると、それがちょっとした否定(肯定でも同じだけど)であっても、肯定派否定派の両方から拡大解釈されてヒステリックな攻撃を受けてしまうのである。
わかりやすい例が「小林よしのり」について語ること(^_^;)。「いくらなんでも三十万は殺してないよな」と言っただけで、私ゃ職場で「南京大虐殺否定派」の「軍国主義者」と見なされた経験があるからね。
要するにノンポリがウヨクサヨクの対立に巻きこまれる苦労を想定していただければいいわけなんである。アニメファンにとって押井守はなぜか「思想」を語るための作家になっちゃってるのだな。だから「押井のどこがいいんだよ。似たような映画しか作れねえクセに」とか言おうものなら、ヘタすりゃ一時間がかりで読まなきゃならないようなメール送りつけられちゃうことになるのである。世の中、粘着質の人も多いから。
私ももう一度繰り返しますが、押井「ファン」ではあっても「信者」じゃありません。だから、私が誉めたり貶したりしたことに対して、過剰な同意、ないしは反論を寄せられても返事のしようがないからね。
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06月07日(金)
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