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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■今日は一日寝て本・ビデオ……っていつもや/『Sink』1巻(いがらしみきお)ほか
朝寝して、午前中のアニメは殆ど見ず。
ゆっくり休まないとカラダが持たなくなってるので、寝るときはとことん寝る。
寝ていても腹は減るが、食事を作る元気がない。
近所の「めしや丼」でミックス定食を食べる。ミックスって何がミックスかって言ったら、トンカツとすき焼きなわけだね。
いつものように肉をしげに分けてやったが、そのあとしげが「腹がイタイ」と唸り出す。
いつも注意しているのだが、一気にかっ込みすぎているのである。そんなに慌てて食わなくても、誰もお前のメシを奪い取ったりはせんわい。……といっても納得しないのは、よっぽど昔、ど貧乏な生活してたんだろうなあ。
やっぱり「一文無しの貧乏は罪」ってのは正しいかもね。
『笑点』を見ていたら、柳家小さん追悼ということで、平成8年正月の映像が流れていた。
既に6年が経っているわけだが、それでもこのとき小さん師匠は八十過ぎ。年のわりにはふっくらとして若々しいと言えなくもないが、やはり落語は聞くに堪えない。
しかし、聞いていてツライとは言っても、芸がヘタなのかというとそれも簡単には言いきれないのが難しいところである。というのも、間の取り方は年季が入っているから、実にうまいんだよね。八十過ぎであれだけテンポよく話せるってのは立派なものだ。けれど、声はくぐもってるし役の演じ分けはできてないしで、噺のナカミ自体が聞いていて全く掴めない。
これが不思議なことで、会場のお客さんは実によく笑っているのである。会場の方があまり聞き取れないだろうと思うのにそれだけ笑ってるってことは、やっぱり生の迫力ってものがあるのかも知れない。
やっぱり「間」が悪いとどんなギャグも笑ってもらえないものなあ。ウチの劇団の連中、落語もあまり見ないけれど、やはり今のうちに談志の高座くらいは見ておいた方が(見れねーって)。
アニメ『サイボーグ009』第30話「未来都市(コンピュートピア)」。
まあ「HAL」モノですな。
原作発表時にも「イマドキやるかい、こんなネタ」とは思ってたけど、009のSF性を強調するためにはこの辺でこういうエピソード挟んでおかないとって判断なんだろうね。
004が語る、「自分のからだに組み込まれた機械が思い通りに働いている時には、ついそれが機械であることを忘れて、感情移入してしまう。所詮は機械のはずなのに」というセリフ、『009』シリーズのいいセリフは殆ど初期作品に集中しているように思われがちだが、これは後期シリーズの中でも特に本作の根幹のテーマに関わる問題のセリフだ。これをやっとかなきゃ、確かに『009』は「カッコいいサイボーグもの」ってことにしかならないものね。
けれど、この手のセリフって、実はほぼ004に集中しているんである。
ある意味、機械のからだになってしまったことについて余り葛藤を覚えていないようにすら見える(現実ならそんなことはありえまいが)ほかのキャラたちの悲しみを、彼が一手に引きうけているのだ(張々湖が悩む姿って余り見ないし)。
それを考えると、全身武器という最も人間離れした改造を施され、そのせいなのか、最も「機械」的で冷静かつニヒルに見える004が、一番人間としての心の弱さを持っていると理解することもできる。
後半の「機械に恋愛感情が生まれるか?」って話より、004のこのセリフをじっくり聞かせたかったんじゃないかなあ、スタッフの方がたは。
もう一つ、この話は原作者の石ノ森章太郎自身がコンピュートピアのエッカーマン博士として登場しているので(輪郭が全部白ヒゲだけど)、それもエピソードに選ばれた理由かもしれない。
……けど、今回の作画監督の本橋秀之さん、『ヒカ碁』と平行で大変なのはわかるけど、後半Bパートの作画修正はちょっと手を抜いたんじゃないか。Aパート後半の009が襲われるあたりの絵が安定していただけに、後半の弱さが目立っちゃうぞ。
ビデオ録画していたシティボーイズのライブ『鍵のないトイレ』を見返す。
このWOWOW初放映版の時には、それ以前の「ラジカルガジベリビンバシステム」の舞台のクリップ集もオマケについていたのだった。
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05月19日(日)
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