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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■明日は誰の夢を見るかしら(^o^)/『スーパーまるでん』3巻(森下裕美)ほか
 またヘンな夢を見た。
 東京にチャールズ・チャップリンの家があるのだが、たまたまチャップリンが東京に帰ってくると言うので、仲間ウチで会いに行くことにする。
 (チャップリン、もう20年以上前に死んでるんだけど)
 ついでにチャップリン秘蔵の日本の特撮に出演した美少年だけを集めたクリップビデオも鑑賞することに。
 (なんでちゃっプリンがンなもん秘蔵してるのか。第一チャップリンはホモじゃなくてロリコンだぞ)
 そのウワサを聞いたソルボンヌK子さんが同行することに。
 (おお! 昨日は唐沢俊一さんが夢に出て来て、今日はソルボンヌさんが! なんてゼイタクな夢!)
 けれど、チャップリンの家に来てみると、本人は留守。
 慌ててスイスのチャップリンの本宅に電話を掛ける私。
 チャップリンは流暢な日本語で「オウ、ゴメナサーイ、都合ガ悪クテ行ケナクナリマーシタ。ミナサンデ、美少年、楽シンデクダサーイ!」とか抜かしやがる。
 (いい加減で夢だと気づけよ)
 チャップリンに会えないのは残念だったが、この際だからと、長年疑問に思っていたことを質問してみる私。
 「アナタは、欽ちゃんを覚えていますか?」
 (萩本欽一はスイスまでチャップリンに会いに行ったことがあるのである。でもなんでそんなことワザワザ聞く必要があるのか)
 「欽チャン? 誰デスカァ、ソノ人。私、全然、知リマセーン」
 あまりに長電話していたため、ソルボンヌさんが「まだなのっ!」と怒り出す。慌てて上映会を始めるが、時間が足りなくて、5分間しか上映できなかった。
 しかも「美少年」とは名ばかり、ごくフツーの10歳くらいのガキンチョが三人、ヘッタクソな変身ポーズを取ってるだけ。
 もう、ソルボンヌさんが怒るまいことか(^_^;)。
 後日、ソルボンヌさん、日記で「有久の長電話のせいで、美少年ビデオが見られなかったのよッ!」と立腹されていたのだった。

 ……ツクってるとか思ってない?
 でもホントにこんな夢、見たんだよう。

 夢の話をすると面白がる人と、つまらなく感じる人と、二通りに分かれるようであるが、要は語り口ではないのかな。
 だいたいが「フィクション」自体が一つの夢ではないの。夢を面白く語れぬ人間は、「語り」そのものの才能に欠けると言ってもいい。……作家がよく「他人の夢語りは面白くない」と主張するのは「俺だったら、もっと面白く語るのに」という自負心の裏返しではないのか。
 だいたい、夢語りはつまんない、なんて言ってたら、漱石の『倫敦塔』や『夢十夜』はどうなっちゃうのよ。幻想文学の傑作じゃん。
 ……なんだか自分の夢語りを文学にかこつけて正当化しているように聞こえるかも知れないけれど、別に私は自分の夢が文学たりえると思って言ってるわけじゃないからね。

 「夢」に関する誤解の一つに、「夢語りをすると気が狂う」というのがある。
 誰だったかなあ、作家で「夢日記をつけてたら、一時的に気がヘンになった」とか発言してた人がいたよなあ。……夢枕獏か?(^o^)
 マンガ家では『ドリーム仮面』の中本繁が、やっぱり夢日記をつけてたせいで煮詰まっちゃったとかいうウワサがあったけど。
 確実なのは、夢野久作の『ドグラ・マグラ』を読んでたら、一時的にオカシクなっちゃった横溝正史。これは本人が対談で語ってたから間違いない。
 けれど、どれだけそういった「実例」があろうと、それは所詮、ただの俗説、フォークロアに過ぎないんじゃないか。
 いかにもマコトシヤカに言われているけれど、もともと作家やマンガ家は自らを狂気に置こうとしている面が大いにあるので、「夢語りをしたから」狂気に走った、というのは、いささか短絡すぎる結論のように思えるのだ。
 「夢日記」がその作家に内包されていた狂気を誘発した可能性はあるとしても、「夢」を見ること自体が「狂気」であるとは言いきれまい。
 一般人は、たとえ「夢日記」を毎日つけたって、「たかが夢じゃん」と思ってればれば、別に夢に引きずられたりする心配はないんじゃないかな。
 現に私がそうだし(^o^)。
 「夢と現実の区別がつかなくなる」なんて、そうそう起こることじゃない。

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05月09日(木)
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