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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■カメラ小僧にご用心/DVD『エコエコアザラク』/『ななか6/17』5巻(八神健)ほか
しげとよしひと嬢、夜中の3時に撮影に出発。
今しか時間がないということだが、風邪をひいてるってのにそりゃちょいとムチャだ。
かと言って止められるものでもなし、しげにはトキワの「眠眠打破」、よしひと嬢には「エスタック滋養液」をあげる。
まあ、これで少しは持ちゃあいいんだが。
二人を送り出してひと寝入り。
目覚めると9時過ぎで、今日も『アギト』を見逃した。
ううん、最終回1回前だというのになあ。
アニメ『コメットさん☆』第41回「タンバリン星国の誰かさん」。
誰かさんって王子様だろうって野暮は言いっこなし。
けど最終回1回前でいきなり別の王子様が現れたらタイヘンだな。
先週は見逃したので、状況がよく分らないけれど、どうやらミラとカロン、ケースケの正体を知っていたらしい。
……どこにそんな伏線があった(^_^;)。まあ、毎週見てたわけじゃないからなんとも言えんけど。
ケースケ=「タンバリン星国の誰か」の失われた輝きを捜すために、コメットさんは保育園など、自分が輝きと出会った人々の所へ連れて行く。
けどここでちょっと気になるシーンがある。
園児たちが粘土遊びをしている時、中の一人が突然泣き出して、「大きいの作りたいのに粘土が足りない」と駄々をこねる。すると先生がみんなに「誰か粘土を分けてあげて」と頼むのだ。
……普通、「わがまま言っちゃダメ」って叱らんか?
いや、頭ごなしではなくとも、説得するのが当然だと思うんだが、子供のワガママにいちいち対処するのって躾にならんと思うんだが。
多分これ、灰谷健次郎の『せんせいけらいになれ』に影響受けてんじゃないかなあ。できるだけ子供の自由にさせてやるのが個性を伸ばすことになるとかなんとか。でも実際にはある程度の制約がなければ子どもって考える力なくしちゃうんだが。
コメットさんが男に変身して(でも結局ただの男装)、ケースケと男同士の話をしよう、という展開もちょっと安易だ。ラストに来て、ウチキリが響いて来たのかなあ。
本筋とは関係ないけど、予告編のナレーションにビックリ。ムークが「これで故郷の妻と子に会える」……って、妻子持ちだったのかよ!?
WOWOW『ノートルダムの鐘』見る。
最近、著しく凋落の激しいディズニー。
今度の『アトランティス』も、日米ともに興行成績が芳しくないらしいねえ。まあ、客を舐めきったような駄作を連発してりゃあ、それも当然な結果なんで、自業自得ってもんである。
それでもこの『ノートルダム』は成績“だけ”はマシなほうだったんじゃないかな。一応、前作の『ライオン・キング』の余波があっただろうし。
でも、実のところ、これがディズニー没落の原因の一つになったんじゃないかと私は勝手に邪推している。
本作の原タイトルは“The Hunchback of Notre Dame”で、直訳すれば『ノートルダムの傴僂男』。ところが、オリジナルのオープニングタイトルにもちゃんと“Hunchback”と出るのに、日本公開版のみ、原題そのものまで改変して“The Bells of Notre Dame”としちゃったのは有名な話。
こんな偽善的かつアホなマネさらしてるから、客が離れちゃうんだよ。
元々、せむし男カジモドは、ロン・チャニーやチャールズ・ロートン、アンソニー・クインらが扮した由緒正しい“怪奇”映画の主人公として有名だった。けれど、意外や意外、原作は『レ・ミゼラブル』のビクトル・ユーゴーなんである。つまりこれって、堂々たるゴシックロマンの元祖なんだよね。
それをまあ、よくもお花畑嗜好のディズニーが映画にしようと思ったものである。ある意味感動的だと言ってもいい。しかも悲劇的なラストで知られる原作を、ものの見事にハッピーエンドにしやがった。
いや、これは果たしてハッピーエンドか?
カジモドは幸せになれたのか?
確かに鐘撞男は、その醜い容貌にもかかわらず、人々に受け入れられた。
しかし、エスメラルダと結ばれたわけではなかった。
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01月13日(日)
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