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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ケーキとシュークリームと焼き鳥と/『ヒカルの碁』15巻(ほったゆみ・小畑健)/『細腕三畳紀』(あさりよしとお)ほか
年の瀬も押し詰まってるさなかの誕生日である。
誰のって、私のなんだけれども。
別に年齢を詐称する必要もないので正直に言っちゃうけれど、今日で私は39歳である。
30代最後の年だけれども、数え年だともう今年の正月に四十を迎えているので、感覚的にはもう「不惑」なんだなあ、という気持ち。
しかし、孔子はよく言ったもんだね。確かに四十になると「惑う」ことはなくなってるもの。悩みは尽きることがないが迷いはないのな。世間の荒波、困った事態は連日奔流のごとく押し寄せてくるが、今更、自分の性格変えようがないしい、ってなもんなんで。
オタクをやめよう、なんてのもついぞ思わない。自分で自分に、「そのまま行ってよし!」とGOサインを出してるような感じである。
「しかし、人生の折り返し点は確実に過ぎたなあ」
「なん、生きるのがつらいと?」
「楽しいとかつらいとかいう感覚でとらえちゃいないよ。長く生きたいってわけでも、早く死にたいってわけでもないってことだよ」
「以前はいつ死んでもいいとか言ってたくせに」
「『死んでもいい』と『死にたい』は違うよ。別に俺は死にたいわけじゃない。ただ、確実にお前より先には逝くよ」
「……ズルっ子やね」
「お袋は若いころは『死ぬのなんて怖くない』とか言ってたけど、死ぬ間際になって『死にたくない』って言い出したものなあ。そういう覚悟の足りないことはこれから言いたくはないけどね」
しげとは時々、そんな、死についてのヘンな会話をする。
とりとめがないし、実のところ更にトシを取れば醜く生に執着しそうな気もする。理想は水木しげる氏のように、「私はもう半分以上水木さんではないのです」という境地になりたいとも思うが、寝惚けることの多い昨今、10分の1くらい、私はもう、有久さんではないのかもしれない。
それもまた善哉。
午前0時を過ぎて、ロイヤルホストで食事。
ささやかながら誕生祝である。
どこぞのホテルでディナーとかにならんところがいかにも庶民。だいたい明日も結婚記念日なんで、そうそうパーティなんか開けるわきゃあないのだ。
誕生日と言えばケーキ、ということでしげの好みのショートケーキを二つほど注文。
「ほど」というのはついでに私がシュークリームを頼んだからである。でも皮が固くて味は今一つ。
さすがに深夜なので、いくつか料理を注文するが品がない。
無難なところで定食を頼むが、店長がやってきて謝罪して20%割引券をくれた。固持するが是非にと言うので、仕方なく使う。別にその気はないが、なんとなく難癖つけて安く上げる客と同一視されるような気がして、こういうのは好きじゃないんである。
店長が「夜遅くいつも来て下さってますから」と礼を言うが、しまった、こんなところでも顔を覚えられてたか、と苦笑。
そのあとひと寝入りはしたが、実は今年最後の仕事の日である。
さすがに午前中だけだが、もう眠くて眠くて。
帰宅するなりまた泥のように眠る。誕生日は寝て暮らすってか。
目覚めるともう夕方。
今日はAIQの打ち上げというか御慰労会というか、要するに飲み会があるのだ。しげを叩き起こして、天神の中央広場まで急ぐ。
待ち合わせの7時には20分ほど早目に到着。
余裕があるとつい、福家書店に寄ってしまうのはオタクの人情だが、こういうオタクオタクした行動をしげは滅法嫌う。別にオタクが嫌いってわけじゃなくて、オタクがいかにもオタクであることを標榜するような行動に出ることが一種の「開き直り」に見えて、しげには傲慢に映るらしいのだが、かと言って、別に誰かに迷惑かけてるわけでもないのだから、これはしげの方がワガママを言っていると考えるべきだろう。
だって、しげは自分がどこかに寄りたい時はやっぱり時間を気にしないで同じ行動取ってるんだから。
一月の新刊が早目に出てるかと思ったが見当たらないので、落穂拾いのように旧刊を買いこむ。
アンジェリーナさん、たけうちさん、エロの冒険者さん、しおやさん、獅子児さん、三々五々に集まってくる。
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12月30日(日)
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