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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■これでもだいぶ短くしました。/映画『シュレック』/DVD『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』
体調もいいので、朝からキャナルシティに向かい、映画『シュレック』を見る。
AMCでは字幕スーパー、日本語吹替版をダブルで上映してくれていて、好きなほうを選べるのが嬉しい。こういうのがシネコンのいいとこだね。
通常、私は字幕版を見るか吹替版を見るかで迷うことは全くないんだけれど、今回はしげが「マイク・マイヤーズもエディ・マーフィも嫌いだしぃ、山寺宏一さんの方にしようかなあ」と悩んでいるので、見るギリギリまで迷うハメになる。
結局、「そういや、日本語版、藤原紀香だっけ?」としげが眉間にシワを寄せたので字幕版を見ることにしたが、なんか嫌わなきゃならない理由でもあるのか。確かに「客寄せパンダ」であることはハッキリしてるんだけど、予告のテレビ特番じゃ、そう悪い出来でもなかった感じだったけど。そう言えば『サウスパーク』にも出てたな、金魚役で(^o^)。
ハマちゃんもどの程度のテンションでやってるのか気になるし、DVDが出たら吹替版も確認してみたいところだ。
さて、映画本体の出来だけれど、見ている間、楽しめはしたのだけれど、商業論理に引きずられた映画作りにはやはり疑問は残る。
ディズニー映画のパロディにするつもりならば、フルCGではなくてセルアニメーションで作んなきゃ意味ないじゃん、というのが実は致命的な欠点。
『FF』もそうだったけれど、所詮は「CGでここまで出来るようになりました」ってレベルを越えられてないからなあ。唯一、CG作品をCGでパロったプリンセス・フィオナの『マトリックス』シーンは、ギャグのレベルとしては『最終絶叫計画』と変わりない。ここで「あえて『マトリックス』のパロディをやらない」というギャグに関しての厳しさがドリームワークスのスタッフには欠けているのである。でも、CMでこれを流しまくっているのはいかにもキャッチーだからなんだよね。商業論理が優先されている、というのは、そういうことなんである。
アニメと言えばディズニーというイメージに挑戦した作品はもちろんこれまでにも世界各国で作られていて、本作はそれらの集大成であるとは言える。けど、それはまあ親切な解釈で、悪く言えば既成作品の稚拙なパクリとも言える。
ドラゴンとの城での攻防戦は、構図や演出面から言っても、『やぶにらみの暴君』や『長靴をはいた猫』にインスパイアされていることは明白だし、ロビン・フッドのミュージカルシーンなんかメル・ブルックスの『ロビン・フッド キング・オブ・タイツ』そのまんまだ(『アリババと40匹の盗賊』も入ってたな)。 もっと言っちゃえば、おとぎばなしのパロディならば、テックス・アヴェリーの方がよっぽど切れ味のいいギャグを何十年も前にやっている。「赤ずきんが実は○○」とかな(^o^)。「お姫さまが実はお転婆」なんてこんな古臭い設定でパロディになると考えてるんだったら、パロディという手法自体、舐められたもんだなあ、と鼻白む思いさえする。
つまり、ディテールを見て行くと、そのほとんどが反ディズニーの既成作品の寄せ集めになっているわけで、その点では芸がないと断ずるしか仕方がないのだ。
確かに、ドリームワークスのアニメ部門がこれ以上失敗できない苦境に立たされていた、というのはわかる。
『キング・オブ・エジプト』が成功したとは言い難いこと、セルアニメ(厳密には手描きではないけれど)だとウリがないことなど、それらの点を考慮してのフルCGという選択は確かに間違いではなかろう。
実際に本国ではディズニーの『アトランティス』を蹴散らして大ヒットしているそうだから、「どうして手描きアニメにしなかったのか」なんて批判は野暮だ。そんな風に野放図に言い放ったところで、「それじゃ客は来ないよ」、の一言で済まされてしまうだろう。
でも、結局それって、「本当に面白い映画を作ろう」という思いからはほど遠いのは否定出来ない事実だろう。
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12月29日(土)
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